第8話

 翌日から、デミルは義足の設計を始めた。最初に課題となったのは、リーハが起き上がらないことだった。無理に立たせようとすれば、こちらに牙を剝くかもしれない。

 そこで、カラルはイラージャに頼むことにした。


「……なるほどね。それで、リーハの観察のために何か使えるものは無いかって?」


 イラージャはコンコンと人差し指で机をたたく。それから、棚から小さな壺を一つ、持ってきた。


「それは?」


「眠り薬だよ。治療の時に使ったやつさ。かなり強い薬だからね、分量はあたしが量るよ」


 そう言って、慣れた手つきで薬を秤に移していく。淡い薬草の匂いが辺りに漂う。

 量り終わると、イラージャは小さな包みに薬を入れて、カラルの手にぽんと置いた。

 イラージャに深々と頭を下げてから、竜舎へと急いだ。


 竜舎では、デミルがしゃがみ込んで房の中をじっと眺めていた。カラルが近づいてもまったく微動だにしない。


「……なるほど、太腿の筋肉は……」


「お待たせしました、デミルさん」


 話しかけても空返事しかしない。カラルはもう一度呼んでみる。


「デミルさん!」


 ビクッと身体を跳ねさせてから、慌ててカラルを振り返った。


「ああ、ごめんカラル君。つい集中しちゃって。……それで、何か役立ちそうなものは貰えましたか?」


 カラルは小包みを見せる。


「眠り薬です。これでリーハが眠っている間に観察しましょう」


 羊肉に薬を混ぜてリーハに食べさせると、しばらくしてゆっくりと寝息を立て始めた。

 リーハが眠ったのを見てから、デミルは房の中に入った。

 リーハの左足に触り、骨の位置を探っていく。それから、足に布を巻き、さらにその上から白い液体に浸された包帯を巻きつけていく。


「それは?」


 カラルは首を傾げた。


「石膏を水で溶かしたものです。しばらくすれば固まるので、断端……切断した部位の型を取ることができるんですよ」


 石膏が固まったのを確認してから、型を足から外す。するりと引き抜かれる様子は、見ていて気持ちがよかった。

 デミルは型に慎重に石膏液を注いでいく。こうして陽性型なるものを作るのだそうだ。


「よし、いい感じだ」


 液が固まり、真っ白な断端の型が出来上がると、デミルはそれを丁寧に布でくるんだ。


「これで義足の設計に取り掛かれますね」


 二人はカラルの家に戻り、間借りした部屋に紙を広げ、設計図を描いていく。黒鉛が紙を滑る音が響く。


「骨格構造がよさそうだな……。骨組みは鉄で……足部は……」


「俺と同じですね」


 デミルは手を止めて目を瞬かせた。


「同じ?」


「いや、俺も集中するとつい考えていることが口に出ちゃうらしいんですよ。母さんに言われるまで気づきませんでしたけど」


 ほんの一瞬の間を空けて、二人は顔を見合わせ、肩を揺らして笑った。

 ひとしきり笑い終わった後、デミルは設計図を指さした。


「今回は骨格構造で作ります。あの巨体を支えるのに一番適した構造です。骨格は鉄で、断端を収める受け口と足部は木材で作ろうと考えています。ただ……」


 図面の余白に何か書き足しながら、ため息を吐いた。


「肝心の木材ですが、どの木を使えばいいか……。人用ならテルシュ(ポプラ)の木を使うんですが、あれは柔らかい木材でして、駆竜の激しい動きに耐えられそうにないんです。それに硬い木というのは大概重たいもので……。義足のためには軽さも重要なんです」


「軽くて、頑丈……」


 二人は唸った。そんな理想の材木があるのだろうか。

 そうして考えあぐねていると、ふわっといい匂いが漂ってきた。


「デミルさん、晩御飯ができましたよ」


 母が引き戸を開けて、作業部屋に入ってきた。


「もうそんな時間になっていたのか……」


 デミルは驚いて窓を見た。空は濃い茜色に染まっている。

 カラルは立ち上がり、ぐっと背中を伸ばす。


「今日の作業は一旦終わりにしましょうか」


 黒鉛を置き、二人は居間へと足を向けた。

 食卓には、山のようなクブズと大きなお椀が四つ置かれていた。


「今夜は乳鍋です。さあどうぞ、遠慮せずたくさん召し上がってください」


「ありがとうございます。いただきます」


 デミルは早速、白い湯気の立つお椀から、匙で具を掬い上げて口に入れた。乳の甘さと、肉の旨味が口に広がる。ごろごろと入った芋も、少し硬めでデミルの好みに合っていた。


 乳鍋を堪能していた時、不意に部屋に置かれている本棚が気になった。灰白色の、町では見かけない珍しい木材だ。


「あの、そこの棚は何で出来ているんですか?」


「ああ、あれはアージュの木だ。ほら、ここに来る途中の森にもたくさん生えていただろう? ここらじゃよくあるやつだけど、町には無いのか?」


 父の問いに、デミルは首を振る。


「軽くて火に強いし、なにより丈夫だから、重宝されるんですよ。上等なものなら高値で売り買いされるんですけどねぇ。うちのはそんなにいいのじゃないから……」


 苦笑する母を脇目に、デミルの中で「軽くて丈夫」という言葉が木霊していた。


「……これだ。アージュなら……」


 デミルはぱっと立ち上がった。


「ごちそうさま!」と言うのと同時に作業部屋へ姿を消した。


 がりがりと黒鉛が紙を引っかく音だけが、静かな部屋に響いている。デミルは手燭一つを側において、ひたすらに図面と向き合っていた。


 軒に止まった鳥の鳴き声で、デミルははっと我に返った。いつの間にか空が明るんでいる。

 腰に手を当てて、ぐっと体を反らす。ぱきぱきと、固まった体がほぐれる音がした。


「デミルさん……?」


 すうっと戸がゆっくりと開けられ、カラルが部屋に入ってきた。

 デミルはただ黒く汚れた指先を垂らして、下を向いている。その顔には、静かな笑みが浮かんでいた。


「わあ……」


 カラルは感嘆の声を漏らした。そこにあったのは、眩しい朝日に照らされた、紙面いっぱいに広がる設計図であった。

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風の竜 悠犬 @Mahmud

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