第14話 共犯者への、逃れられぬ招待状

静まり返った音楽室に、俺たちの荒い息だけが響く。

呪いのピアノは沈黙し、禍々しい気配は消え去った。だが、安堵する者は誰もいなかった。

白金姫奈がピアノの鍵盤から拾い上げた一枚のカード。それが、この事件がまだ終わっていないことを、雄弁に物語っていたからだ。


「――『蒐集家コレクター』は、次なる『楽器ミュージシャン』を求める」


姫奈は、その不吉なメッセージを読み上げると、表情を氷のように硬くした。

「これは、単なる愉快犯ではないわね。明確な目的を持った組織か、あるいは個人の犯行……」

「蒐集家……? 楽器……?」

ひまりさんが、怯えた声で俺の制服の裾をぎゅっと握りしめる。


(うわ、完全に面倒なシリーズものに巻き込まれた……)

俺は内心で、本日何度目か分からない絶望的なため息をついた。もう帰りたい。家に帰ってポテチ食いながらゲームしたい。


姫奈はすぐに気を取り直すと、テキパキと指示を出し始めた。風紀委員長の黒鉄に連絡を取り、現場の保全とカードの解析を依頼する。その姿は、さすが学園の頂点に立つ者といった風格だ。


現場処理を風紀委員会に任せ、俺たち三人は生徒会室に戻ってきた。

姫奈は、まだ少し顔色が悪いひまりさんを労い、先に帰宅させた。

「今日はもうお帰りなさい。あなたが勇気を出してくれたおかげで、助かったわ。ありがとう」

その優しい言葉に、ひまりさんは少し頬を赤らめながらも、「いえ、私なんて……先輩と会長がすごいです!」と何度もお辞儀をして、帰っていった。


そして、生徒会室には、俺と姫奈の二人きり。

ドアが閉まった瞬間、彼女の雰囲気が変わった。優しい生徒会長の仮面を脱ぎ捨て、鋭い尋問官の顔になる。


「さて、影山くん」

彼女は俺の目の前に立つと、まっすぐに瞳を射抜いてきた。

「今日のあなたの行動、説明してもらうわ。あまりにも、不可解すぎる」


「なぜ、あの呪いが物理攻撃で無効だと、攻撃する前に分かったの?」

「なぜ、音楽で上書きするという、突飛な発想に至ったの?」

「そして、なぜひまりさんの歌で、あれほど効果的に呪いが中和されたの? あなた、何かしたでしょう」


立て続けに浴びせられる、核心を突く質問。

だが、俺も伊達に陰キャをやっていない。ポーカーフェイスと、その場しのぎの言い訳スキルはSSSランクだ。


「いやー、なんとなくですよ、なんとなく。ほら、RPGとかでも物理攻撃が効かない敵には魔法、みたいなセオリーがあるじゃないですか。そんな感じです」

「ひまりさんの歌声が効果的だったのは、彼女の心が純粋だったからじゃないですかね? 俺にはよく分かりませんけど」


「……そう。あなたのその『なんとなく』は、国家レベルの分析官よりも正確なのね」

姫奈は、全く納得していない顔で、冷たく皮肉を言った。

彼女の疑いは、もはや俺が特殊なスキルを持っているというレベルを超え始めている。こいつは、この事件の何かを知っている。そう疑われているのが、ひしひしと伝わってくる。


「『楽器ミュージシャン』を求める、ね……」

姫奈はカードの言葉を反芻し、思考を巡らせる。

「今回のピアノのように、想いが宿った『モノ』か。それとも……優れたスキルを持つ生徒、つまり『楽器ミュージシャン』そのものを指しているのかしら」


「……まあ、普通に考えたら後者じゃないですか? スキルデータでも集めてるんでしょ、きっと」


しまった。

事件が早く解決してほしい一心で、つい、思ったことが口から滑り出た。


「……!」

姫奈の目が、カッと見開かれた。

「なぜ、そう思うの? 黒鉄委員長も『スキルデータを狙っているらしい』と言っていたわ。けれど、その情報はまだごく一部の人間しか知らないはずよ。あなたは、どこでそれを……?」


墓穴、大フィーバー。

俺の額から、滝のような冷や汗が流れる。

「い、いやいやいや! ほら、最近の流行りじゃないですか、そういう展開! 漫画とかゲームとかで、よくある設定っていうか! あは、あははは……」


乾いた笑いが、静かな生徒会室に虚しく響く。

姫奈は、俺の必死の言い訳を、値踏みするように、じっと見ていた。

そして、やがて、ふっと息を吐くと、決意を固めた目で俺に告げた。


「ええ、そうね。あなたの言う通りかもしれない。犯人の狙いは、優秀なスキルを持つ生徒……『楽器ミュージシャン』たちよ」

彼女の言葉は、俺の推測で確信を得た者の響きを持っていた。


「影山くん。こうなった以上、あなたにも本格的に協力してもらうわ」

「……へ?」

「これはもう、私の個人的な興味や、あなたの監視のためではない。この学園の、全ての生徒を守るためよ」


大義名分という、最強の武器。

それを突きつけられた俺に、逃げ場はなかった。


「『蒐集家コレクター』が次に狙う可能性のある『楽器ミュージシャン』を、犯人より先に見つけ出し、保護する。それが、これからの私と、あなたの任務よ」


彼女は、俺の返事を待たず、一方的に宣言した。

その瞳には、有無を言わさぬ強い光が宿っている。


「これは決定事項。私の『協力者』として、否応なく付き合ってもらうから。いいわね?」


協力者。


俺は、もはや抵抗する気力もなく、力なく天を仰いだ。

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