第33話 シェンダオの影
静寂の中、ユラ・エイリンがゆっくりと歩を進める。
「分身をすべて打ち破った者は久しい。
……だが、ここからが本番だ」
彼の周囲に新たな気の波動が立ち上がり、
その密度はまるで壁のように周囲を圧迫する。
「気配が変わった……!」
ジョージは直感で察した。
この女は今まで本気を出していなかった。
「見せてもらおう。お前の“個”の強さとやらを」
再び二人の間に電光石火のような攻防が始まる。
ジョージは即座に《牛モード》で体勢を固めるが、
ユラ・エイリンの拳はそれすら貫こうとする正確さと重さを持っていた。
(重い......!先ほどとはけた違いだ。分身と同じ動きだが、鋭さがまったく違う!)
ジョージは《兎モード》で間合いを離すと同時に、
《虎モード》で踏み込み、《爆裂拳》を叩き込む。
しかしその拳は空を切った。
ユラ・エイリンはそれを読んでいたかのように、
斜め後ろへと一歩滑り込んで回避していた。
「無駄だ。お前の攻撃は見切っている」
ジョージは歯を食いしばりながら、改めて呼吸を整える。
(読まれている……ならば逆に、読みあいで勝負だ!)
再び《ヘイトコントロール》を発動。
今度は分身ではない。
だがユラの集中力を一瞬でも逸らせれば勝機はある。
「俺の動き、よく見てろよ」
ジョージはわざとユラの正面へ立ち、盾を召喚した。
《セレスティアル・シールド》。
巨大な盾が空間を圧し曲げるように展開され、その後ろに姿を一瞬くらます。
盾の存在に、彼女の目がわずかに揺らいだ。
その瞬間、ジョージは盾を一瞬の動作で収納した。
「──今だ!」
《鼠モード》へ切り替え、姿勢を低くして気配を絶ち、死角から一気に回り込む。
そして《正拳突き》
――さらに《爆裂拳》を重ねる。
ドドドンッ!
空気が爆ぜる音とともに、ユラ・エイリンの身体が後方に弾き飛ばされる。
床を滑り、膝をつく。
「……っ、まだだわ!」
彼女は立ち上がるが、その肩はわずかに震えていた。
ジョージは構えを解かないまま、一歩前へと出る。
「これが……俺の力だ」
ユラ師範はしばらく沈黙したのち、拳を下ろし、頭を垂れた。
「……完敗だわ。
あなたの忠義は、自らの意志に向いている。
犬家に必要なのは……そういう力かもしれんな」
その瞬間、ジョージの視界にシステムウィンドウが浮かび上がった。
――LEVEL UP:Lv58到達―― ――
――《モードチェンジ:犬》が解放されました
味方全体の防御に自信の防御力50%追加
遠吠え:ヘイトを自分/分散の切り替え効果――
また全身の気の流れが変化し、まるで誰かと繋がったような感覚が広がっていく。
(これが……犬家の“忠義”の気……)
ジョージはその変化を静かに受け止めていた。
そして、ついに残すはただ一つ。
竜家。
十二道場、
最大にして現天下無双師範の称号を獲得している最強と謳われるその道場へ、
ジョージの視線が向けられていた。
犬家の決闘を終えたのちユラから道場内の宿泊を許されて、休息をとった翌朝。
ジョージはまだ寝静まる道場の外庭で、ひとり呼吸を整えていた。
戦いの余韻は消えず、身体には新たに得た《犬モード》の気配がまだ宿っていた。
その感覚を味わいながら、ふと道場を見上げると、
修繕の跡や黒ずんだ木材が目に入り、心の中にある疑問が浮かび上がってきた。
(これほどの力を持つ道場が、なぜここまで荒れ果てている……?)
朝の稽古が始まる気配のない静寂の中、ジョージは昨夜の戦いを回想していた。
そして、決着後思い切って問いかけたことを思い出していた。
「……ユラ。ひとつ、聞いてもいいか?」
「何だ?」
「どうして、こんなに強いあんたの道場が、ここまでボロボロなんだ?」
ユラはしばらく無言のまま視線を地面に落とし、静かに口を開いた。
「……それは、我らが50年以上も“天下無双師範”を出していないからだ」
「……50年も……?」
「天下無双大会は“個”の強さだけで評価される。
団体戦略、仲間を補佐する技術……
犬家が最も重んじてきた“忠義”と“連携”は、ここでは何の価値もない」
その言葉を聞いた時、広間の奥から、数人の若い門弟たちの声が漏れた。
「俺たちだって……!」
「強くなりたかった……犬家の教えは間違ってなんかないのに……!」
その声には、悔しさと、長年積み重ねてきた無力感が滲んでいた。
ジョージは無言で彼らを見つめた後、再びユラへと視線を戻す。
「……たしかに、あんたの教えは“個”では測れない。
けど、俺にとってはそれこそ必要な力だった」
「……どう言う事だ?」
「犬家で得た新しい能力は、俺の戦闘スタイルと相性が良すぎる。
敵視の分散、味方の防御支援……ここで得た力は、俺にとって最強の強化になった」
ユラの表情が揺らぐ。
「評価されていないのが、おかしいんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の目にかすかな光が宿った。
ユラはゆっくりと息を吸い込み、自らに言い聞かせるように、静かに呟いた。
「……もっと、早く会いたかったな」
ジョージがユラの呟きに反応する。
「……今、何か言ったか?」
ジョージの問いに、彼女は軽く首を振る。
「いや、なんでもないわ」
現在、ジョージは道場の正門へ歩みを進めた。
ユラ・エイリンと門弟が見送ってくれていた。
「……次に行くのは、竜家だな。気をつけろ。
あそこは別格だ。私など、比較にもならん」
ジョージは無言で頷いた。
その背に、ユラの静かな声が重なる。
「竜家の師範は力だけではなく、最強の称号と共に神の加護を持つ者だ。
……覚悟して挑めよ」
ジョージは深く一礼し、その言葉を胸に刻んだ。
衰退した忠義を重んじる道場を後にし、
彼はついに最後の試練へと足を踏み出すのだった
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