第9話 実技試験

実技試験会場は、セントラル中央棟の地下階層にある特殊訓練フィールドだった。


広大な多目的ホールが変形機構で戦闘用の地形へと変化し、重力制御、気圧調整、


さらには気象シミュレーションまでが可能な最新鋭の設備だった。


志願者たちは一人ずつIDで呼び出され、支給装備を受け取る。


ジョージの端末が反応し、ID【G-01】がコールされる。


「ID【G-01】、装備支給ブースへ」


ジョージは静かに列を進み、配布された支給品を確認すると、少しだけ肩を落とした。


「せっかく作ってもらった《アヴァロン》と《グラビティ・ナックル》……今日は出番なし、か」


今回の試験では公平性を保つため、アライアンスが規定した標準装備のみが使用可能とされていた。


個人の持ち込み装備は禁止であった。


ジョージは失望感を隠せなかった。


支給されたのは、全身を覆う半透明のエネルギーシールド展開装置と、


関節部に衝撃吸収ジェルを備えた簡易ガントレットだった。


これは主にプラズマ弾やレーザー攻撃への対処を想定したものであり、


防具というよりは“最低限の生存装置”だ。


さらに支給品リストには、小型のエネルギーブレード、標準型プラズマライフル、


EMPグレネードといった重火器類が並んでいた。


ジョージはそれらを無言で見つめたのち、静かに首を横に振った。


「……いや、いい。素手でいこう。俺は“肉体”だけで十分だ」


幼い頃から父に虐待すれすれで叩き込まれた格闘技の数々。


3歳から始めたトレーニングは17歳でフランスのカンフー王者という結果を生みだした。


その拳には、経験と技術の全てが宿っている。


支給されたガントレットの重量とバランスを一度確かめると、


彼は深く息を吸い込み、無意識に戦闘モードへと切り替えた。


「ID【G-01】、戦闘エリアへ移動」


フィールドに足を踏み入れた瞬間、足元から体中に淡い光のエネルギーシールドが展開された。


訓練フィールド全体が調整され、重力は標準より15%軽減された環境が整う。


フィールド上空に20機以上の訓練ドローンが出現。


人型の戦闘機タイプと、球状で高速飛行するタイプの混成編成で、


それぞれ異なる挙動を示しながら散開する。


「戦闘開始まで──3、2、1……開始!」


アラームとともに、ドローン群が各方向からID【G-01】、すなわちジョージへ殺到する。


ジョージは、最初の数機に対して冷静に対応した。


肘打ち、回し蹴り、投げ──すべてが正確無比で、ドローンのコアを的確に破壊していく。


しかし、徐々に数の多さと挟撃によって対応が難しくなる。


「ふぅ……仕方ないな」


次の瞬間、ジョージは《ヘイトコントロール》を発動した。


制御室のモニターに警告が走る。


「異常です!全ドローンのターゲット座標がG-01に集中!」


「動作アルゴリズムが強制的に書き換えられている!? こんな制御、


どのプロトコルにも存在しません!」


技術者たちが騒然となる中、運営責任者の目が鋭く細まる。


「意図的な誘導……いや、これは誘引……“何か”がターゲット選定に介入している……」


全てのドローンがまっすぐジョージの座標へ突進してくる。


今までの複雑な軌道や挟撃行動は姿を消し、直線的な突撃行動のみとなった。


「それでいい──来い」


ジョージの身体が静かに動き出す。


拳を素早く引き、回転しながら飛び込んできた球体ドローンを膝で迎撃。


反動を利用して背後から迫る人型ドローンを肘で叩き落とす。


カウンター、連撃、空中投げ、着地反転打ち──。


連続で繰り出される技のすべてが最適解だった。


「な、なんだあれ……近接攻撃だけでさばいてる……」


「普通じゃない、あんな戦い方、人間にできるわけが……」


制御室の観測員たちは声を失い、AI分析官が手元の端末を凝視したままつぶやく。


「彼の誘導行動、こちらのシミュレーションと完全に合致していない……未知の概念、あるいは……」


ジョージはついに最後の一機を正拳で粉砕すると、静かに立ち上がった。


フィールドには破壊されたドローンの残骸が散らばり、ジョージはほぼ無傷のまま中央に立っていた。


「──ID【G-01】、戦闘終了。評価は後ほど通知されます」


観客席、制御室、参加者控室の全てが沈黙に包まれる中、ジョージはゆっくりとガントレットを外した。


「ま、これが俺なりの“現代格闘術”ってやつさ」


(次は……あのザーグという連中だな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る