第5話 目覚めの街角、決意の朝
──世界が静かに目を覚まし、街がぼんやりと光を取り戻していく。
ジョージは、硬いベッドに似た何かの上で身体を起こした。
狭いが清潔なカプセル型の宿泊施設。
「……まるで、宇宙船の中みたいだな」
呟きながら、ゆっくりと身を起こす。
体に巻き付いた疲労の感触が、昨夜の出来事を生々しく思い出させた。
現代日本からの突然の転移、神の言葉、家族の消失、そして5000年後の未来。
(あれは夢じゃなかった……)
昨夜、ミュージアムの裏手にあったこの簡易宿泊所を見つけた彼は、端末での登録と同時にある事実に気づいた。
──この世界では通貨という概念が存在しない。
全ての市民は「ランク」によって生活レベルが決まり、働きたくない者にも最低限の衣食住が保障されるという徹底した統治制度。
施設の備え付け端末に表示された案内には、こう記されていた:
『アライアンス統治下における全居住区域は、基本的に24時間稼働。
全施設は無人管理によって運営されており、ランクに応じたアクセスが許可される』
「金がなくても泊まれる……けど、ちゃんと“価値”は見られてるってわけか」
天井には文字通り“Eランク用・緊急居住設備”とホログラム表記されていた。
洗面台は共同、シャワーも時間制。
カプセル内に設置された栄養補助カートリッジだけが唯一の食事だった。
「はは……未来ってやつは、意外と世知辛いな」
小さくつぶやく。
「……よし」
唇をかすかに引き締め、ベッドから降りる。
まだ朝焼けの残る空の下、周囲にはすでに動き出した労働者たちや配達ドローンが行き交っていた。
カプセルから出た彼の目に飛び込んできたのは、目覚め始めた都市の景色だった。
遠くに浮かぶホログラム広告、真上を流れる無人配送ポッド、薄明かりに照らされた滑らかな通路。
これが未来都市、アースの一角。
まさに彼が少年時代から夢想してきた『SFの世界』そのものだった。
──だが、そんな感傷に浸っている余裕はなかった。
すべては「ランク」によって定められる。
努力の証でも、実績の反映でもあるこの制度のもと、ジョージは最下層から這い上がらねばならなかった。
向かう先は決まっている──昨夜、警察官から教えてもらった「衣類配布センター」だ
衣類配布センター
街の一角、白と青の無機質なビルにたどり着くと、自動ドアが音もなく開いた。
中に入った瞬間、無機質な冷気が肌を撫でる。
白い壁面に無数のセンサー、静かに待機する配布ロボット。
まるで病院の無菌室に迷い込んだかのようだ。
「ID認証を確認。Eランク市民──瀬戸ジョージ。
標準配布衣類、支給を開始します」
音声は冷たく、だが正確に響いた。
コンベアから出てきたのは、くすんだ黒色の衣類。
防護性と最低限の通気性を兼ね備えた人工繊維で作られており、明らかに“下民”用の印象を与える。
「……未来の囚人服ってやつか」
呟きながら袖を通す。
かすかに薬品の匂いが鼻につく。
ロッカー内の鏡に映る自分を見つめながら、ジョージは肩をすくめた。
「まぁ、文句は言えないな。
ランク支給だし」
着替え終えたあと、彼は施設の裏手へと向かった。
人目の少ない路地裏で、彼はふと立ち止まる。
(……試してみるか。スキルと装備の切り替え。
あの神が言ってた“プリセット機能”)
「セット名、戦闘モード──切り替え」
淡い光が彼の体を包む。
次の瞬間、黒鉄の装甲が音もなく現れ、巨盾が背に展開された。
装備の質感、重量感──まさに異世界ファンタジーとSFが融合したかのような光景。
「おお……これはつかえるな」
思わず笑みがこぼれた。
彼はプリセット操作で瞬時に元の服に戻り、周囲を確認しながら歩き出す。
──そして、路地の角で立ち止まった。
ホログラム広告が空中に浮かんでいる。
『銀河連邦アライアンス──新兵募集開始!
最低ランクからの脱出を、今ここから』
ジョージはそれをしばらく見つめていた。
まるで、自分に呼びかけてくるようだった。
(ランクを上げる……それが、この世界での“通貨”だ。
情報も、装備も、そして家族を探す権限も──すべては、その先にある)
「……やるしかねぇ」
普段のジョージからは考えられない暗い表情で強く、低く、呟いた。
彼の脳裏には、家族の顔が次々に浮かぶ。
ふわりと広がる湯気、台所に立つ実佐の後ろ姿──笑顔で「おかえり」と言ってくれた日々。
美姫が描いていた魔法少女のスケッチ、刃と一緒にやった深夜のゲームプレイ。
「守ってやる……必ず」
ぐっと拳を握る。
胸の奥で熱いものが燃え上がる。
「今度こそ、全部守り抜いてみせる」
その決意が、彼の足をアライアンス本部へと向かわせた
アライアンス本部へ
街の中心部に位置するアライアンスの本部は、巨大なドーム状の建造物だった。
外壁には流動するような金属光沢の装飾が施され、中央のホログラム塔からは宇宙に浮かぶ惑星群の映像が浮かび上がっている。
建物は想像以上に巨大だった。
白と銀を基調とした近未来的な外観に、エネルギーラインが青く輝いている。
空中を浮遊するガラスのスカイウォークが複数の棟を繋ぎ、常時稼働するドローンが周囲を警戒している。
中に入ると、高天井のホールに数十体の自律ドローンが行き交い、無数のディスプレイが新人募集やミッション情報を投影していた。
受付ホールは吹き抜けになっており、上階に向かうリフトが絶え間なく稼働している。
市民たちの出入りは多く、種族も多種多様だった。
案内板に従い受付ブースに進むと、落ち着いた印象の女性職員が応対する。
「いらっしゃいませ。アライアンス新兵募集、窓口へようこそ。
ご用件は?」
若い女性の職員が、笑顔で迎える。
「アライアンス入隊希望者だ」と伝える。
「かしこまりました、それではまずIDを確認させていただきます」
ジョージが右手かざすと、ホログラムスキャナが一瞬光り、画面に「Eランク市民 瀬戸ジョージ」と表示された。
「確認しました。それでは入隊のご案内をいたします」
職員は手元の端末を操作しながら丁寧に説明を始めた。
「アライアンスに入隊されると、最低ランクのEからDランクへ自動昇格いたします。
入隊いたしますと、こちらの寮施設の利用が可能になります。
アライアンス寮は通常のDランク宿泊施設よりも遥かに快適で、食事も栄養バランスが考えられた上質なものが提供されます」
「また、アライアンスの活動は主に、ザーグ帝国との戦争支援、ならびに宇宙各地への治安維持任務となっております」
「戦闘員と非戦闘員のどちらかを選択可能です。
非戦闘員は研究・物流・サポート業務が中心で、安全ですが筆記試験が必要です。
一方、戦闘員は身体テストと実技テストの合格が必要で、入隊の難易度は高くなります。
実戦による怪我の可能性もありますが、その分ランク昇格は早く、より多くの恩恵を得ることが可能です」
「また、戦闘員は戦地への派遣──つまりアース以外の惑星勤務が発生する可能性もあります」
説明を聞きながら、ジョージは真剣な眼差しで端末を見つめていた。
(この世界では、魔物はいない……だが、レベルを上げるには戦闘が必要だ。
なら……)
「……俺は、戦闘員を選ぶ」
その言葉に、受付嬢はわずかに表情を和らげた。
「かしこまりました。
では明朝、身体能力テストと実技試験のため、午前八時にこちらの施設へお越しください」
ジョージは軽く頷いた。
(まだ午前中だ……)
──その時、ふと彼の脳裏に一つの考えがよぎる。
(俺の盾……今のは初期装備だ。戦闘用としては不十分だ。
そういえば、俺のインベントリーにはあの“ブラックメタル”が残ってる……)
(明日の試験で使うために、新しい盾を作っておくべきだ)
彼は立ち上がり、次の目的地を心に決めた。
──鍛冶屋を探そう。
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