その名は悪夢

 ヒレイをカードへ戻したエルクリッドの所へカラードが近づき、すぐに振り返りエルクリッドは深々と頭を下げるといいよと答えカラードはふっと笑う。


「縛りをしてたとはいえオイラに勝つとはねぇ……お見事。もちろんシェダもリオも同じくらいに凄かったし、流石にこの後バエルとやる力も残ってねーや」


 三人がかり、かつ制限していたとはいえ十二星召の一人に勝った事はエルクリッドにとって大きなものとなり、先に戦ったシェダとリオもそれに大きく貢献し勝利の喜びは共にある。


 ただ一人バエルだけは口を真一文字に結びそっぽを向き、それにはカラードも鋭く視線で返す彼に苦笑で返す。


「すまんねバエル。お前さんとはまた今度ってことで」


「ならば刃は研ぎ澄ませておけ、半端な奴を叩きのめしても何の価値もないからな」


 藍色の服の裾を靡かせ背負う火竜の星座を見せつけるかのようにバエルは踵を返し、凛と身構えるエルクリッドの視線に立ち止まるもすぐに歩き出してその場を去る。


 まだまだ遠い存在、でも確実に近づけている。そして何より、彼がその圧倒的な力を見せる為だけにメティオ機関に現れ、全てを焼き尽くしたわけではないとも。


(何を知っているの……? 器……? あたしは……)


 タラゼドとの会話の中で、バエルは魂を葬ったと告げていた。そして火の夢という言葉が何なのか。

 自然とエルクリッドの視線はタラゼドへ向き、申し訳なさそうに手を合わせながら深々と頭を下げた彼を見て深呼吸し直す。


「タラゼドさん教えて下さい。火の夢ってなんですか、あたしと……どんな関係があるんですか?」


 真摯な眼差しと問いにタラゼドは口を開くも言葉は出さず、それを見てノヴァが名を呼び彼を促す。


「タラゼドさん。僕も知りたいです、エルクさんのこと……火の夢という言葉の事を」


「ノヴァ……わかりました。ですが、これを話すということがどういう事なのか、そこは改めて言わせてもらいます」


 意を決意しつつエルクリッドらに真摯な眼差しを返し、静かに頷くカラードとリオの反応を見てからタラゼドは覚悟を問う。


「火の夢に触れるという事は後戻りできなくなるということ。できる事ならば知らずに、我々の世代で秘密裏に済ませておきたかったことである事……それ程に、大きな出来事に巻き込まれるという事は、覚悟できてますか?」


「はい。むしろ、あたしも知らなきゃいけない……そんな気がします」


 揺るがぬエルクリッドの言葉に少しの不安が混じる。だがそれも真っ直ぐに真実を求める思いで押し留めてるのはタラゼドにも伝わり、口にする事を禁じていた事実を語り始めた。


「火の夢とは、ある種族の言葉を翻訳したものとなります。転じて悪夢の名を持つ、かつて存在した王の名前から意味を成した言葉です」


「悪夢……」


「その王がいたのはリスナーが誕生する事になった神話の時代……まずはその王について説明します」


 タラゼドが語り始めたその伝説は、邪智暴虐の王たる存在の伝説。かつて存在した王は全てを手にし、全てを支配し、それでも飽き足らずあらゆる種族を隷属し、殺戮し、それでも満たされぬ欲求に飢え続けていた。


 そんな時に現れたのが原初のリスナーと呼ばれし人間。その力を王は得ようとしたが叶わず、自らを神とし原初のリスナーと争ったという。


「その時に原初のリスナーの力と共に王の身体は打ち砕かれ、滅ぼし切れず各地の聖域に封じられ祀られていました。そしてその名前を禁忌とし抹消し、便宜上の名として火の夢、としたのです」


 遠い昔の真実かどうかもわからぬ伝説。何故それを言い切れるのか、その答えについてタラゼドがすぐに続けて話す。


「今から数百年前、ネビュラ・メサイアという天才がこの世に生まれました。彼はゴーレム製造技術等それまでなかった様々な術や魔法を開発し、この世の叡智を全て得るべく禁断の研究……生命の創造に着手し、その過程で自らの魂を別の身体に移し替え生きながらえる術を開発、そして幾度かの転生を経た彼は、火の夢の伝説の解析を完了し王の復活を試みたのです」


 ネビュラ・メサイアの名前はノヴァの記憶にもある。かつてエタリラに現れた天才錬金術師にして、大罪人だと。


 その人物が火の夢に辿り着き何が起きたのか、それについてはタラゼドに代わりカラードが話し始めた。


「オイラ達の世代が子供の頃、故郷や世界各地で異変が起きてたんだ。魔力の源流の氾濫や、神獣達の活性化による災厄……そして王の身体を安置していた聖域の破壊といった異変が、ね」


「その原因はネビュラによって不完全な状態で復活したかの王の影響でした。眷属を作り出し自らの復活を早める力を得る為の暴虐をわたくしや当時の十二星召は突き止め、その対処に追われていたのです」


 歴史として起きた各地の災害はエルクリッド達も教養として学んでいる。だがその真実が伝説を蘇らせた者と、その手を離れ復活の為に暗躍した王の存在によるものというのは驚くしかなく、突拍子もない話ではないのはタラゼドとカラード、そしてリオの真剣な眼差しから伝わってくる。


「そして今から十五年前、わたくしはクロスやカラード達に出会い共に行動し……十二星召や各国の騎士や魔法使い達、数多くの犠牲も出る中でクロスがかの王を打ち滅ぼし、ひとまずエタリラの危機は回避されたと思われたのです」


「思われた、とは?」


「事後処理の中で現代に転生したネビュラにはスバルという名の協力者がいたのが判明し、またその中で復活した王が彼らから離れたのは暴走によるものだった事が明らかになったのです。ですが、ネビュラは王の復活とは別の計画を進行させていました」


 ぞくりとエルクリッドに悪寒が走る。聞いてはいけない、だが、聞かねばならない真実に手を強く握りながらも目をそらさず、タラゼドの口から出た言葉をひとつひとつ受け入れていく。


「かつて王が求めたリスナーの力……王の身体の欠片からリスナーを創り出すという計画です。その為に多くの女性を母体とし産み出す為の犠牲にされた事、失敗作が作られた事、そして最後の被験体として協力者だったスバルが選ばれ……しかし何故かネビュラから離れたと、彼の古い日誌にあったのです」


「それが……あたしの、お母さん……?」


 風が静かに吹く。エルクリッドは何故母スバルが身重の身体で一人でいたのかを悟った。

 人には言えぬ理由があったから、それがもし、禁忌の研究によるものだったら? もしそれが、数多の犠牲の上に創られた、自分だったら? タラゼドははっきりとは言い切れませんとした上で、エルクリッドの目を見つめながら優しく語りかける。


「少なくとも、クロスはあなたが何者であろうと、自分の道を選んでその為の使い方を教えたと言っていました。そしてわたくしもあなたが何者であろうと信じられると、それは確かな真実であり、今わたくしがお教えできる火の夢に関するお話です」


 エルクリッドの脳裏に、ふと師クロスの下で過ごしていたある日の事を思い出す。古い友人にあったと言って大怪我をして帰ってきた事を。

 そして、オハムの住処でのクロスとバエルの会話から、その時に相対した者が誰で、何の為に戦ったのかも。


 まだわからないこともある、知らねばならぬこともある。だが、セレファルシアが断片的に語ってくれた母スバルの事や、師クロスとタラゼドが信じてくれていた事実が、自分への思いやりとだけははっきりと理解できたから。



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