殺し屋ヤーロン
密造カード。それは本来カード化されていない魔法をカード化するなどして製造されたカード達の事だ。
スペル、ツール、ホームの三種類のカードは決まった規格の決まった掟の中で製造され、流通し利用されている。そして元となるカード化技術も厳重に管理されている。
密造カードの製造者がどのようにしてカードを作り出しているのか、それもまた突き止めねばならない。
リオの任務に関連するというのもあってエルクリッドも気を引き締めるように両頬を叩き、よしっと気合を入れてノヴァと共に自分が受け持つ事になった区画の決闘場と魔法屋に目配りし、それらしい者がいないかを確認していく。
「エルクさん、見分け方ってわかりますか?」
「んー、わかんないかな。あたしよりノヴァのがよく観察してるから、何か気がついたら教えてね」
「はい! 頑張ります!」
満面の笑みで答えたノヴァにエルクリッドも笑顔で返しつつ、雑踏に潜む者を探し始める。密造カードは使用されればそれとわかるが、そうでなければ実際確認しなければ判別は難しい。
だがエルクリッドはノヴァの手を引いて歩く中で自分達に向けられる敵意を感じ、それが一定距離を保ちながら近づくのを悟り静かにカード入れの留め具を外す。
ノヴァは全く気づいておらずに怪しい人物を探す事に集中し、彼女の手を引いてさり気なくエルクリッドは人通りの多い所を進みつつ、路地裏へと入り人がいない状況を作ってあえて気配の主を誘う。
やや広く左右を建物に挟まれ決闘場の歓声もさえ切られるその場をゆっくり一歩、また一歩と進むとエルクリッドは静かに素早くカードを引き抜き、真上から片刃の大刀を振り下ろして襲い来る竜人に即応する。
「スペル発動プロテクション!」
薄い膜が刃を防ぎ、刹那にノヴァを掴んでエルクリッドはその場から進みながら反転し、紫の鱗を持つ竜人とその後ろから姿を見せた小さな色眼鏡をつける太ましい男を捉え臨戦態勢へと入った。
「あんたは確か……ヤーロンとかって奴……!」
「おや名前を覚えて貰って光栄アルね。では改めて自己紹介をしておきましょカ」
現れたヤーロンが軽く拍手しつつ竜人が傍らに一旦下がり、エルクリッドがカードを引き抜くと丁寧に名を伝える。
「ワタシはヤーロン、職業は殺し屋、隣のはアセスのダオレンね」
物腰は丁寧で好漢とも取れるヤーロンではあるが、彼のアセス・竜人ドラゴニュートのダオレンが持つ刃から滴るドス黒い液体が石畳に落ちて煙を上げ、静かに佇みながらも凶悪さを覗かせる。
(ドラゴニュートはドラゴンとしては下級だけど十分強い……毒武器もあるとなれば掠り傷も貰えない。ヤーロンって奴は確か大シャコもアセスにしてたけど、この地域の岩盤を考えると地面に潜ませてるってのはないかな)
冷静に分析しつつ不安の色を覗かせるノヴァを自分の後ろへと庇いつつ、エルクリッドは話として聞いていた情報も踏まえて戦略を立てていく。
だがヤーロンというリスナー自身の性格や傾向など情報がない部分もあり、そこも踏まえなければならない。
静かにカード入れへとエルクリッドは手を伸ばし、それに対しヤーロンは特に動かずダオレンが動きに合わせて身構える。
(ノヴァも守りつつ、ダオレンってアセスに対抗するには……)
エルクリッドが指をかけたカード入れからカードを引き抜く刹那、ダオレンの目が光り一瞬で間合いを詰めて大刀を真一文字に振り抜く。
が、エルクリッドはノヴァを抱えたままで宙返りで避け、指に挟むカードに魔力と思いとを込め叫ぶ。
「お願いします、スパーダさん!」
黄金の風と共にカードより現れる大剣がダオレンへ迫り、刹那に鍔迫り合うは鎧を纏いし
全身を鎧で守り本体は幽体故に物理攻撃や毒を受け付けず、ダオレンの相手としては最適解だ。無論、そうした相手への策を考慮し、支援しなければならない事もエルクリッドは考えつつ着地しさらにカードを抜く。
「スペル発動ウィンドフォースッ!」
風属性アセスの能力強化のウィンドフォースの光がスパーダを包み込み、力を強くしダオレンの剣を押し返すまでになる。ダオレンもすぐに下がって間合いを取り、低く唸りながら大刀を構え次の瞬間にスパーダと再び鍔迫り合い、幾度とぶつかり合いを繰り返す。
この間にエルクリッドは次の手を考えつつヤーロンの動きを確認し、彼が手首につけるカード入れに手をかけカードを抜くのを見て身構えた。
「ツール使用、五重防壁ネ」
エルクリッドの背後より突如として恐ろしい形相の顔が画かれた巨大な壁が石畳を突き破って現れ、同じものがヤーロンの背後、左右、そして上方と一つの部屋を作るように出現し、それによってエルクリッドは逃げ場がなくなった事と外からの救援が阻止された事に気がつく。
「ワタシはトリスタン程リスナーの力はないアルが、殺し屋としては自信はアルネ。と言ってもそこのお嬢さんだけ死んでもらって、あなたは半殺しで依頼主に引き渡すアル」
「あたしなんかを引き渡して何になるのよ」
「そこまではワタシも知らないアル。が、余所見してる場合じゃないアルよ」
ヤーロンの狙いが見えないものの、エルクリッドは切り合いを続けるスパーダの方に目配りし、彼女の剣が少しずつ欠け始めている事に気がつき目を見開く。それがダオレンの大刀が滴らせる毒によるものと気付き、刃のぶつかり合いと共にスパーダの剣が折れた刹那にカードを切る。
「ツール使用プラックシミター!」
湾曲した薄い刃を持つ剣を与えられたスパーダがダオレンと鍔迫り合うも、刃が触れた所から煙を上げて溶解してるのを覚りダオレンを蹴り飛ばし強引に引き剥がす。
刹那に折れた剣の刃を拾ったスパーダはそれをダオレン目掛け投げつけ、すっと横へ移動され躱されるもすぐに前へと出て一気に切り裂きに行く。
「スパーダさん、駄目! スペル発動エスケープ!」
「スペル発動アースバインド」
咄嗟にエルクリッドがスペルを使用してスパーダは強制的にカードへ戻され、彼女がいた空間を伸びた木が締め付け次の間には消滅する。
間一髪拘束からの一撃を受ける事は避けられたが、逃げ場がない状態でエスケープを使わざるを得なかったのはエルクリッドにとっては大きな痛手だ。先に使ったプロテクションのカードもまだ使用後の充填時間が残っており、静かに汗が頬を伝う。
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