第5話 錯乱の発情期

 身体の奥で何かが蠢いている。その場所を乱暴に掻き回してほしくて、でもそんな浅ましい自分が嫌で、全身を激しく掻き毟った。


「若先生、掻いちゃ駄目だって。肌ぼろぼろじゃん」


「いやだ。も、いや……ぅう……っ……や、だ……いや……こんな身体……いやだっ!」


 錯乱し、枕をノアに投げつけた。もう理性なんて半分以上飛んでいた。


――なんで俺、こんなことに耐えてんの? ベータになろうと思えばなれるのに。


――子供のため? 俺のこと気持ち悪いと思ってる男の子供を産むため? 


――出産で死ぬかもしれないのに? これからのオメガ医療の発展のための実験台? なんで俺がそんなことしなきゃなんないの?


――産んだ子供どうすんの? 命がけで産むの俺だよ? なのに皇帝に取りあげられちゃうの? 俺は故郷で子供の幸せを願うだけ?


――俺は子供産むためだけの道具かよ! 結局繁殖奴隷かよ! ふざけんなよ!!!!


 全部自分で決めたことなのに、何もかもが嫌になってくる。普段は巧妙に隠しているが現れる。


「ふざけんなよ! みんな……みんな馬鹿にしやがって! どうせ……俺は望まれた子じゃない……いらない子だって知ってる……っ……でも産まれちゃったんだから、みんなに好かれたいんだよ! 医師になったのは叔母さんと、常連の患者さんに褒められたかっただけだよ! 浅ましいんだよ、俺は!」


 発情期で力が入らない中、手当たり次第、部屋のものを必死に投げつけ、自分で自分の腹を殴った。


「こんな……オメガの子宮なんていらねぇよ!」


「若先生、お腹殴っちゃ駄目だから」


「もぅ……嫌。いや……だ……も、陛下、以外なら誰でもいぃ……っ……ぅっ……マシュー……俺のこと……っ……めちゃくちゃに」


「はい、ストップ。それ以上言うと正気に戻った時に辛いのは若先生だからね。マシューもその気にならないように」


 ノアはあり得ないことを口走りそうになる俺の口を手で塞いだ。


 部屋の隅で怯えるマシューを縋るように見てしまった。俺はマシューにそんな感情を抱いたことないのに。


「俺も発情期つらかったけど、ここまで錯乱することなかった。リアム様に何が起きているの……?」


「さぁ? ストレスでホルモンバランスがおかしくなってるのかも」


 ノアは俺を縛り上げた。


「ごめんね、若先生。成人した男に全力で暴れられると僕達も身が持たないの。身体拘束させてもらうよ」


「ふざけんなノア! お前、前から俺のこと馬鹿にしてたんだろ! どうせ……っ……俺は冴えない田舎医師で、お前は綺麗で魅力的な男娼ナンバーワンだもんな。お前みたいな……っ……貧相な男が皇帝に抱かれるとか笑わせんなって思ってたんだろ! 俺だって、好きでオメガなんてやってねぇよ! ほんとは…………っ……やめた……い。気持ち悪……っ、オ、メガなんて……気持ち悪……っ」


 ノアを罵倒し、途中から悔しさと悲しさが腹の奥から突きあげてくる。


「若先生、気持ち悪くないよ。落ち付いて」


「ばかに、し……」


「馬鹿になんてしてないから。僕は心から若先生を尊敬してる。マシュー、マリコさんに連絡して。発情させるの中断させたい。これじゃ七日間なんて持たない」


 ノアは興奮して泣きじゃくる俺の背を優しく擦って、マシューは慌てて診療所へと駆けていく。


 最低だ。俺はみんなに迷惑をかけている。みんなに好かれたくて医師になって、好かれたくて頑張って勉強して、針やメスの扱い方も練習して、睡眠も削って血も滲むような努力して、国のために発情して子を産もうと思ってるのに。


 誰からも愛されない。愛してもらえない。


「な、んで俺……オメガ、なんだよ……なんでっ!」


「……むかしむかし、あるところに、主君が大好きすぎる騎士がいたんだ。主君を生かすためなら命を投げ出すこともいとわない、そんな子だったそうだ。そんなある時、騎士は魔獣討伐の場でみんなを逃がすためにその場に留まり、重傷を負ったんだ。彼は願った。死んでもいいから、主君の傍にいたい。魂だけになってもいいから。でも主君も同じ気持ちだった。主君もボロボロになりながらも助けに来てくれて二人は結ばれた。男同士だから子なんて出来ない。そう思ったら騎士のお腹が段々と膨らんで……それがオメガの始まりなんだ」


「な、にそれ……そんなの……はじめて」


「ウェルズリー領に古くから伝わる物語なんだけど、古代文字で書かれているから、みんな読めないんだ。若先生も始まりのオメガと一緒だよ。皇帝陛下が大好きで、彼のために命懸けの出産に挑もうとしてる。だから、本当は好き好きって愛し合いながら子供作りたいよね」


 ノアは根気強く俺の背を撫で続けた。やがてやって来たマリコさんは、縛られて息を切らしながらも自分と周りを罵る俺に頭を抱えた。


「普段冷静なリアムくんがここまで……」


「若先生はごく普通の男子ですからね。私心がない、物分かりがいいというのは表向きの若先生の一面に過ぎない。本当は、愛されたいし、認めてもらいたい。出産だって本当は嫌なんだ。なんで自分を気持ち悪いと思ってる男の子供を産まなきゃいけないんだよってね」


「……言われてみればそうよね。私達が無理させすぎちゃった。リアムくんの気持ちを置いてけぼりにして」


 ノアとマリコさんは反省会をしているが、もうこの際、そんなのどうでもいい。皇帝の子種さえあれば。子種さえ取り込みさえすれば、後は緊急抑制剤でなんとかして――。


「マシュー! 子作りキットは!?」


 俺から責められるように言われたマシューは、動揺したように首を振った。


「渡せないって言われたけど。手紙に全部書いたって。でも一通も開封してないよね」


 それを聞いて俺は絶望した。それじゃなんのために発情したのかわけがわからない。


「ふざけんなあいつ……っ! 我儘言いやがって!」


 俺は怒りのあまり、皇帝を「あいつ」呼ばわりしてしまった。


 そんな俺にマリコさんとノアも困ったように顔を見合わせる。


「どこまで拗れちゃったのよ。お互いに好きなのに」


「まったく仕方のない夫夫だねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る