第8話 母を訪ねて
「えっ……馬に二人乗りですか!?」
「君は馬に乗れないんだろう?」
「うっ……」
オークリーさんの家は帝都から離れた農村地帯にある。馬車で農村の道を塞ぐのは得策ではないということで馬を使うことになった。
しかし、俺は馬に乗れない。地元にいたときは診療所の仕事で手いっぱいだったから遠征などしないし、馬に乗る必要もなかった。
帝都の医師となるとそうも行かない。マリコさんも馬に乗れるし、俺も練習しないとまずいだろう。
乗馬練習の決意を固めるも、今日のところは皇帝と二人乗りをすることになってしまう。俺を前に乗せて、皇帝が後ろに乗る。付かず離れずの距離で目立たない服装をした護衛騎士が付いてくる。
「護衛の人達と乗った方が良かったんじゃないですかね」
「そんなに俺と乗るのが嫌なのか?」
皇帝が喋るたびに、頭のつむじに息がかかる。超絶美形が密着していると思うと落ち着かない。一気に心拍数が上がりそうになり、俺は懐から追加の抑制剤を取りだして一気飲みをした。
「それなんだ?」
「持病の薬です」
「君……持病があるのか?」
「大した病気じゃないので、気になさらないでください」
そう言うが、お腹に回された手にぎゅっと力が入る。
「命に関わるような病気じゃないよな?」
その声が真摯で、思わず俯いた。
「多分……今のところ、命は大丈夫そうです」
今のところは、だ。あの地獄の発情期が命を縮める可能性はなきにしもあらず。あれが三ヶ月に一回くるとなると、相当身体に負担がかかる。抑制剤で押さえつける生活もどのくらい負荷がかかるのかも不明だ。
平均寿命まであと七年。寿命の短さには外部的な要因もあるのだろうが、そう長くは生きられないような気もしている。
「少しでも具合が悪くなったら言ってくれ。君と違って俺には医学の知識はない。だが、つらい時は可能な限り助けるから」
(うわぁ……アルファの美男子のくせにめっちゃ優しい。男でも惚れるだろこれ)
胸がキュゥゥンと疼く。やめてくれ。抑制剤をもっと飲まなければならなくなるではないか。
「前々から疑問に思っていたのですが」
素朴な疑問をぶつけてみようと思う。
「なぜ、陛下はそんなにお優しいのでしょうか。皇族でアルファなのに、平民でベータの私に。オメガ後宮の人達にも寄りそっていただけるし、なぜ……」
俺が話したことがある貴族といえば、領地にいた父と兄しかいない。彼らは平民を見下していて、特権意識丸出しだった。平民の医師が「ちょっと持病が」なんて言っても「ふーん、俺達の邪魔にならないところで勝手に死んでくれよ」くらい言いかねない。
それにこの皇帝は、オメガ後宮で淫蕩生活をしていた父の子なのだ。先帝はオメガ達がどんなに衰弱しようと、発情促進剤を使って淫欲のためだけに蹂躙していた。その先帝の子でありながら、なぜ。
「俺にとってはそれが当たり前だったから、としか言えない。俺の乳母は、先代のアディントン公爵夫人なんだ。今の宰相の義理の母親。あの人は心優しい方だった。領地の采配を切り盛りしていて、今のカサハラ診療所に近い形を領地にも作った。先代公爵には男性オメガの側室もいたが、決して虐げることなく友人のように接していた」
皇帝は公爵家で育ち、宰相とは姉弟のように育ったという。その影響を大いに受けた。この国の上位貴族には、俺の父や兄のような人間もいるが、そうではない人間もいるのだと、少し俺は感動していた。
「俺は父を軽蔑している。オメガの妾を作るのは上位貴族なら仕方のないことだとは思う。しかしあの扱いは……ない。そして俺は俺自身も軽蔑している」
馬の足取りは、目的地が近付くにつれて重くなる。
「父の犠牲者達に俺は異常な欲望を感じた。だから俺はオメガには近づきたくない」
「オメガフェロモンのせいですよね? それはアルファの特性であって、オメガに発情期があるのと同じ生理現象ですよ」
「その生理現象が嫌なんだ。もし、もし……母上にまでそんな欲望を持ってしまったら……でもお会いしたい気持ちも抑えられない」
お腹に回された皇帝の手が震えている。そっとその手に自分の手を重ねた。
「大丈夫です。オメガフェロモンは
自分用の抑制剤の他、一般的に飲ませられるマイルドな抑制剤から緊急用の注射まで持参している。なんとか対処できるはずだ
「私があなたを守りますからご安心ください」
しばらく無言だった。帝都を抜け、辺り一面に麦畑が広がる。青空の下に黄金の海。そよかぜに揺れる麦は波のようにうなり、輝く。
「綺麗~~! 俺、下町育ちだからこういう景色感動っ!」
俺がはしゃぐと、皇帝は甘く俺のお腹を抱きしめる。
「アムリ……ありがとう」
「へ? 私がこの麦畑作ったわけじゃないですよ?」
噛みあわない会話をしていると、視界に麦畑を見回っている男性の姿が見えた。獅子のように艶やかなブロンドの髪に軽く息を呑んだ。
(あの人がきっと、オークリーさんだ)
遠目から見ても美しい。皇帝を中性的にして儚げにしたような美男子だ。
その姿を目にして、後ろの皇帝がビクンと身を震わせた。
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