第2話 胸糞悪い貴族社会
皇城の図書館は帝国一の蔵書量を誇る、知の宝庫だ。
俺は医師としての知識はそれなりにはあるが、オメガやアルファといった第二性に対する知識は皆無だった。患者はベータしかいなかったし、ベータとして一般的な身体の知識さえあれば医師としては充分だったからだ。
そもそもアルファ、オメガとはなんなのか。そこから調べないといけない。
五百年前、七つの国に分かれていた大陸を、オルシル帝国が統一を果たす。オルシル帝国を率いる指導者達は皆、身体能力が高く、洞察力に優れ、頭脳も明晰だった。彼らには共通点があった。男の胎から産まれているのだ。
オルシル帝国を率いていた指導者達がアルファであり、彼らを産んだのがオメガだった。オルシル帝国建国後、指導者達は自分達は他民族とは違うのだ、と、生まれながらの優れた能力を誇示した。それがアルファの特権意識の始まりである。
アルファの血液には特徴があり、彼らの血液成分から第二性診断を行うツールを作成している。検査者から血液を採取し、アルファの成分に反発するのがアルファ、無反応なのがベータ、吸い寄せられるのがオメガと判定される。
この第二性診断は何のために行うのかと言えば、アルファが自分の子供がアルファと判定されるのを確かめるのと同時に、アルファを産む男性オメガの炙り出しをするためだ。
オメガはベータ同士の交わりでも稀に産まれるが、アルファとベータの組み合わせだと、七分の一の確率でオメガが産まれてくる。そのため、アルファは女性ベータも何人か娶る。女性ベータの正妻、妾と、男性オメガの妾、両方とも最終的にアルファを生み出すための必要な駒なのだ。
男性オメガの子が産まれると物々交換のように貴族同士でオメガをやり取りし、皇帝に献上したりもする。俺がそうだったように。最も不要なのが男性ベータの子。彼らは貴族にとっては無価値なものとして早々に家を出される。
(胸糞悪すぎ)
しかしこのアルファ至上主義にも陰りが見えてきた。
ある時期を境に男性オメガがアルファを産む確率が減り始めた。先帝の子は皇帝以外ベータ。ベータしか産まないオメガも増えてきたのだ。オメガは二人以上子を産むことがない。段々とアルファの数が減ってきて、オメガと同じくらいの希少性となった。今では皇帝と一部の貴族以外にアルファはいない。
アルファを確実に産ませる方法は研究を続けられているが、未だにはっきりとした答えが見つかっていない。
(アルファなんて滅びればいいんだ)
本を棚に戻すと、後ろから物音が聞こえた。振り返ると、この世の美の全てを集めたような美男がふわりと微笑んでいる。
「医学ではなく、民俗学の本を読んでいたのか」
気さくに声をかけてくる皇帝は、俺のような下賤な者の読む本にまで興味を示す。
「私は田舎町の町医者なので、貴族社会のアルファやオメガといった第二性の知識が浅いのです。色々と調べていました」
そう答えると、皇帝は少し憂いを帯びた表情を浮かべる。
「第二性なんてアテにならないよ。アルファとベータ間にそこまでの差異はない。確かにアルファは優れた素質を持つことが多い。だが、そこで努力をしなければ、ただの物覚えのいい人、運動神経が優れている人で終わる。奢り高ぶれば愚か者にまで落ちる」
(それは俺の父と兄のことですね)
マリコさんの話振りから「推せる皇帝だぜ」と思っていたが、直に会うとますます尊敬の念を抱く。皇帝の掌は堅い剣ダコでいっぱいだ。どれだけ努力したのかがわかる。公務の合間、夜遅くまで図書館にいることも多い。探究心が強く努力家なのだ。
皇帝は領地経営学や社会学の本の間に、ラブロマンスの本を挟んで持っている。俺がそれに目を留めると、動揺したように手から本を落とした。
「陛下」
「あっ……!」
落とした本を取ろうとした俺と皇帝の手が触れる。
「失礼しました」
「いや……こちらこそ済まない」
俺の手に触れた皇帝が慌てて手を引っ込める。
至近距離で皇帝と目が合った。
思わず吸い込まれそうなアメジストの瞳に、陶器のような美肌。男でありながら男でも見惚れる美貌が、動揺した表情を浮かべている。そんな表情をされるとこちらもドキドキしてくる。
(なんだこれ。安い恋愛小説じゃあるまいし)
少し心拍数があがった身体を持て余す。
「皇妃は……元気にしているか?」
「えぇ、特に変わりなく」
穢らわしいオメガ妻を気にするそぶりを見せる皇帝。やはりいい人だ。
「発情期は来ていないですよ」
皇帝は軽く息を呑む。発情期は皇帝にとってトラウマだ。オメガ後宮に足を踏み入れた時、死にそうなオメガの火事場の馬鹿力のようなオメガフェロモンを大量に浴びてしまったのだから仕方がない。
「いや、息災ならいいのだ。この皇城は、オメガの彼にとっては居心地がよくないだろう。住まいからは周りの目があって出ずらいだろうし。引きこもりにさせてしまって申し訳ない」
「それは大丈夫です。私や護衛の騎士達が妃殿下が退屈されないよう、妃殿下の代わりに図書館で本を借りていますから」
娼婦は一般庶民よりも博学なのだそうだ。識字率がそう高くないこの国で、ノアは難しい政治学や数学の本や、古代文字で書かれた歴史書も読める。
俺や護衛騎士が本を差し入れてやれば、それだけで時間を潰せる。影武者は悠々自適なヒモライフを満喫中だ。
「その本、面白かったら次、貸していただけませんか?」
俺はラブロマンス……ではなく、その下の領地経営学の本を指差す。
「ラブロマンスじゃないのか?」
「妃殿下は男性ですよ」
「俺も男なのだが」
「失礼。そうでしたね」
俺が笑うと、皇帝は息を呑んだように硬直する。意外と皇帝はコミュ障ぎみなところがある。
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