対岸のマネキン
@saikokuya
対岸のマネキン
荒川での釣りは私の生きがいだ。
特に、藪を漕いでたどり着くような、誰もいないポイントが最高だ。
簡単に行ける場所は魚がスレてて釣れない。
だからいつも、汗と泥にまみれて静かな場所を探す。
その日も朝早く、荒川の奥深くへ。
草をかき分け、虫を払い、ようやく見つけたポイントは完璧だった。
対岸も藪だらけで、足場はほぼない。
静寂の中、俺は竿を振った。
しばらくして、対岸に視線を感じた。
目を上げると、4人の人影。
家族連れか?
大人2人と子ども2人、並んでじっと川を見ている。
こんな場所に人がいるなんて珍しい。
藪漕ぎしてきたんだろうか?
少し不気味だったが、釣りに集中した。
だが、そのポイントは不発。魚の気配がなく、対岸の4人の視線も気になる。
気分を変えようと、対岸に移動した。
汗だくで藪を漕ぎ、たどり着くと、そこにいたのは人間じゃなかった。
マネキンだ。
古びた服を着せられた、プラスチックのマネキン。
父親らしき背の高いもの、母親らしき細いもの、
子どもを模した小さいものが2体、川に向かって整然と並んでいる。
ガラス玉の目がこっちを見つめているようで、背筋がぞわっとした。
「誰がこんなところに…?」
周囲を見回しても誰もいない。
こんな場所にマネキンを運ぶなんて、どれだけの労力だ。
しかも、家族の形に並べるなんて。
頭をよぎったのは、近隣で噂の不法投棄。
家具や家電が捨てられているらしい。
でも、マネキンを? それもこんな丁寧に?
まるで誰かに見せるための展示だ。
藪の奥でガサッと音がした。
振り返ったが、動く影はない。
それでも居心地が悪くなり、竿を畳んで帰ろうとしたとき、
地面に何か光るものを見つけた。
小さな金属製のプレート。
「作品No.17 川の家族」と刻まれている。
アート?
誰かがこれを「作品」として置いたのか?
でも、こんな辺鄙な場所で?
気味が悪いと思いつつ、その場を去った。
Xで調べたら、荒川の別のポイントで、似たようなマネキンを見たという投稿があった。
家族の形に並べられ、プレートには「作品No.15」と。
しかも、数日後には消えていた。
その人の投稿にはこうあった。
「あれ、たぶんアーティスト気取りの変人の仕業だ。
SNSでバズりたいんだろ。
荒川をキャンバスにして、俺たち釣り人を驚かせてるんだよ」
調べてみると、他にもXで「荒川のマネキンアート」なる投稿がちらほら。
写真付きで、俺が見たのと同じようなマネキンが並んでいた。
投稿者は匿名で、ただ「次の作品にご期待ください」とだけ。
明確になったのは、これが誰かの意図的な「作品」だったこと。
でも、なぜこんな場所に?
バズるためだけに藪漕ぎして運ぶのか?
考えると、魚が釣れない以上に、荒川の奥が妙に気味悪くなった。
釣りのバッグを整理していたとき、ぞっとするものを見つけてしまった。
底のほうに、あの金属製のプレート——
「作品No.17 川の家族」と刻まれたものが、まるで最初からそこにあったかのように収まっていた。
持ち帰った記憶はない。
確かに、あの場で拾い上げたりはしなかった。
それなのに、どうして?
翌日、気味の悪さに耐えきれず、プレートを元の場所に戻そうと荒川へ向かったが、
マネキンたちは跡形もなく消えていた。
川辺の藪は静かで、まるで何もなかったかのようだ。
かといって、このプレートを捨てるのも、なぜか躊躇われる。
まるでそれ自体が私を見ているような、奇妙な重みを放っているからだ。
対岸のマネキン @saikokuya @saikokuya
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