第5話 鉄の迷路と迫りくる悪意
薄暗い非常灯だけが点滅する、建物の地下通路。
コンクリートの壁に、俺たち三人の荒い呼吸と、必死の足音だけが反響していた。
「こっち!次の角を右!」
走りながら、栞がタブレットの古い設計図を睨みつける。その額には、汗が光っていた。
「B-7区画の監視カメラ、5秒だけループ映像に切り替えたわ!その間に抜ける!」
「5秒……!」
息を整える暇もない。
栞の合図で、俺と光は壁際から一気に飛び出す。
頭上の監視カメラが、無機質な赤い光を点滅させているのが見えた。
心臓が、喉から飛び出しそうだ。
——3、2、1。
心の中でカウントし、通路の反対側にある扉の影に滑り込む。
直後、俺たちが今いた場所を、複数の黒い影が駆け抜けていった。神宮寺が差し向けた、局の警備員たちだ。
「……行ったか」
「はぁ……はぁ……、心臓に悪すぎます……」
壁に手をつき、光がぜえぜえと息を整える。
その時、俺の耳が、壁の向こう側から響く微かな振動を捉えた。
「ダメだ、回り込んでくる!こっちも急ぐぞ!」
俺たちは再び、鉄とコンクリートでできた迷路を駆け出した。
【中央監視室】
「……五十嵐め、老いてなお、面倒なことをしてくれる」
巨大なモニターウォールを見つめながら、高城局長が忌々しげに吐き捨てた。
画面の一つには、バリケードを築き、たった一人で警備員の足止めをする五十嵐部長の姿が映し出されている。
「ご心配には及びません、局長」
隣に立つ神宮寺が、自信に満ちた声で言った。
「すでに別動隊が地下ルートを完全に包囲しています。ただの技術者と学生が、我々の掌の上で逃げ切れるはずもありません」
「連中の目的は、中央制御室か」
「でしょうな。荒唐無稽な『1.38秒』とやらを、システムに直接入力するつもりでしょう。全く、狂人の考えることは理解に苦しみます」
神宮寺は、まるで面白い見世物でも見るかのように、モニターの中で必死に逃げる俺たちの姿を眺めていた。
「捕縛しろ。いかなる抵抗も許さん。これは、この管理局の秩序を守るための、正当な措置だ」
高城の冷徹な命令が、監視室に響き渡った。
【地下通路・B-4区画】
「くそっ!このシャッター、電源が落とされてる!」
目の前に立ちはだかる、分厚い防火シャッター。
光が制御パネルを叩くが、うんともすんとも言わない。
背後からは、警備員たちの怒鳴り声と足音が、徐々に近づいてきていた。
万事休すか。
誰もがそう思った時、俺はシャッター横の壁に、そっと手を触れた。
……違う。
この向こうは、空洞じゃない。
だが、構造が脆い。振動が、他とは違う響き方をする。
「光、栞さん!こっちだ!」
俺は壁の一点を指差す。
「この壁の向こう、古いサーバーラックの排熱ダクトがあるはずだ!壁が薄い、ここを壊せば抜けられる!」
「排熱ダクト……!なるほど、設計図にはない盲点ね!」
栞が俺の意図を即座に理解する。
近くにあった、資材運搬用の重い台車を三人で掴む。
「「せーのっ!」」
ゴッ!という鈍い音と共に、壁に亀裂が入る。
もう一回。もう一回だ!
警備員の懐中電灯の光が、通路の角から漏れて見えた。
「うおおおおおっ!」
最後の力を振り絞り、台車を叩きつける。
バリバリという轟音と共に壁が崩れ、人が一人やっと通れるくらいの穴が空いた。
「早く!」
栞、光、そして俺の順で、埃まみれになりながら狭いダクトへと体を滑り込ませる。
背後で、警備員たちの「こっちだ!逃がすな!」という声が聞こえた。
【中央制御室前】
息も絶え絶えになりながら、薄暗いダクトを這い進む。
やがて、前方に光が見えた。
制御室区画の、金網の格子だ。
蹴破って外に転がり出ると、そこは静まり返った広大な空間だった。
そして、目の前には、荘厳さすら感じさせる、巨大な円形のチタニウム合金の扉が鎮座していた。
世界の時間を司る、管理局の心臓部。
『中央制御室』だ。
「……着いた」
タブレットに表示された時計が、無情な現実を告げる。
タイムリミットまで、残り15分。
「これが、最後の壁ね……」
栞の言葉に、俺と光はゴクリと唾を飲んだ。
どうやって、これを突破する?
その時だった。
俺たちの目の前で、天井のライトが一つ、また一つと点灯していく。
そして、光が照らし出した扉の前、その暗がりから、一人の男がゆっくりと姿を現した。
「——よくここまで来たな、水無月くん」
腕を組み、全てを見透かしたような冷酷な笑みを浮かべて、そこに立っていたのは、神宮寺室長だった。
彼の背後には、銃のような特殊警棒を構えた、完全武装の警備員たちがずらりと並んでいる。
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