星と月の願いごと

菜乃ひめ可

序章

はじまり


――見てごらん。

  この夜空を、この星たちを。



「月世界はとても広い」

「つき……せかい?」


 ゆっくりと見上げたその先には、遠く果てしない漆黒のキャンバスが広がる。


 まるで、すべてを飲み込んでしまいそうな広大さと暗闇。それは人の心へ、ごく稀に恐怖心を抱かせる。


「そうだ。広く美しい月世界……だが、とても小さい」


「ひろいけど、ちいさい?」


 声の主へ視線を戻すと、微笑みとともに優しい手のひらが頬に触れた。すると不思議なことに、感じていた恐怖心はスーッと、何事もなかったかのようにその身体から消え去ってゆく。


「さぁ、もう一度」


「……?」


「夜空を見上げてごらん」


「……わぁ!」


 見上げた月夜、その奇跡に驚く。


「見えるかい?」


「はい! とても」

(キレイだなぁ……)


 初めて光を受け入れたその眩しさに一瞬目を細め、嬉しさで紅潮した頬。それからすぐにまんまると見開いた美しい蒼色の瞳は悦び、潤みを増す。


――どこまでも続いた、漆黒のキャンバス。


 生まれてから今までずっとそんな風に視えていた夜空の真ん中には、星と月が寄り添うように仲良くキラキラと輝いている。ゆっくりと、瞬きするごとに夜空のキャンバスへ描かれてゆく星屑の光粒に手を伸ばすと、次第に月夜の精霊を呼び起こす。そして唄い躍る姿がその瞳にはっきりと映し出されると、穏やかな音色が耳をくすぐるように優しく聴こえ始めた。


「スゴイ」


「あぁ、そうだね。この美しき夜空が消えぬように、空で輝く星と月の光がいつまでも地上へと届くようにと願い、守る。そのために我々は存在する」


「はい」


「そして世の変化に合わせ、いつの日か――“月の救世主”が……必要な時が来れば現れる。この意味を、解っているね?」


「……はい」

(本当は。僕の、本当の心は)


「この夜空に煌めく星と月を、我々は――」


(自分の気持ちを言っちゃいけない。寂しいなんて、思っちゃいけないんだ)


「はい。その願いを、守ります」


「よろしい」


 微笑んで、再び優しく撫でられた頬と頭。その穏やかな幸せを感じる半面、先の不安と孤独感に苛まれる。



「それにしても今夜は、一段と星がきらめいているようだ」



  “――――キラッ”



「あれ、流れ星?」


 それは強く強い光帯を、遠くまでひいてゆく。


「行き先を変える。急ぐぞ」


「ぁ、ぅ、はい……」


――僕には生まれた時から『星空を守る』という誇るべき宿命がある。



 此処はルナガディア王国。

 別名【月世界】ともいわれる歴史ある国であり、その中心に位置するのは、月のみやこ。そこを護るようにと、周りには大きな森が五つ存在する。


 その森の中でも、一番活気のある森――【光の森キラリ】で、この日観測されたという一際輝きを放った流れ星は、奇跡の誕生を予感させるもの。



――そして僕は、“月の救世主”を……。

(護るためだけに、生まれてきた)



 それが確信へと変わるのに、そう時間はかからなかった。







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