クズなおにいちゃんに恋したら。

猫菜こん

クズなおにいちゃんに恋したら。

 私の両親は離婚している。

 どうやら考え方のすれ違いで揉めたらしく、案外あっさりと離婚が決まった。

 それが、私が小学4年生の頃の話。

 私はお母さんのほうに引き取られ、貧しいながらも二人暮らしをしていた。

 お母さんはいつも疲れた顔をして帰ってきて、それでも私に笑顔を向けてくれていた。


 だから、そんな頑張ってくれているお母さんの為に何かしなきゃ……って思う矢先。

 私が中学1年生の頃。


『紹介するわね、この人……お母さんと再婚してくれる人です。』

『…………え。』


 えええぇぇぇ……っっっ!!!!!

 ――お母さんが、再婚相手を連れてきました。


『こいつは息子の亜蓮。仲良くしてくれると嬉しいよ。』

『…………ほ。』


 そして、お義兄ちゃんができました。




 私の名前は栂浦茉里つがうらまり。今年高二になったばかりの16歳。

 どこにでもいるしがない女子高生で、平々凡々な人生を送っている。

 ……でも、私のお義兄ちゃんは全然平凡じゃない。


 お義兄ちゃんは亜蓮あれんというちょっとだけ珍しいかもしれない名前を持っている17歳。今年高三だ。

 背丈は高くて、185cmあるらしい。髪はちょい長め。

 バチバチにピアスを開けており、聞いたところ舌にもピアスをつけるっぽい。

 でもチャラいというよりかは、怖いというイメージが強く、友達はゼロ。つまりぼっちだ、お義兄ちゃんは。


 ……まぁ、ここまでなら私も全然何とも思わなかった。

 お義兄ちゃんが平凡じゃないのは、ここからである。


『ねぇ亜蓮~、もっとこっち来てよ~!』


 大体週一回くらいは、お義兄ちゃんの部屋から女の人の声が聞こえる。

 お義兄ちゃんと部屋が近いから声が聞こえるのは仕方ないとしても……そういう、オトナな事をする時は配慮してほしい。

 週に一度、女の人のあられもない声を聞く私の身にもなって……!と思う。


 しかも、同じ女の人じゃない。全部違う女の人なんだ。

 大人っぽいお姉さんボイスの人だったり、少し幼そうな声の人だったり、時にはハスキーな声の人だったり。

 お義兄ちゃんの声は一切しないのがまた気になる私は、本人に直接言ったんだけど。


『お前、そんなのいちいち気にしてんの?』


 と、一喝された。

 いや、そんなの……そんなのって何!? ちょっと酷すぎる気がするんですけど!

 年頃の義妹がいるんだから、もう少し配慮してほしい……なんて、凄く切実に願った。


 そのくせ、ファッションには口うるさくケチつけてくるし。

 プライドがエベレスト級に高いし。

 堂々と人を小馬鹿にする。


 ……つまりは、お義兄ちゃんはクズ男。

 紛れもなく、確実にクズな男である。


 だからなのか、女の人が絶えた事はなかった。

 最近の女性はクズ男に惹かれるらしいし……そうだと納得せざるを得ないけど。

 ……やっぱり、やめてほしいと思う。


 お義兄ちゃんの生き方や恋愛観や性格に文句を言いたいわけじゃない。

 そういうわけじゃないけど……そうやって、女の人を誑かすのはやめてほしいと心の底から思ってしまう。

 お母さんもお義兄ちゃんのお父さんも、お義兄ちゃんの言動には頭を抱えている。

 夜な夜な遊びに行ったりしてるみたいだし、もう成人するんだからいい加減やめてほしいと感じずにはいられない。


 ……それに、私は。

『え、宿題教えろって? ……んじゃ、アイス一本奢りな。』

『バイク乗ってみっか。ほら、これ被れ。落ちんじゃねーぞ。』


 クズだけどちゃんと、“おにいちゃん”をしてくれるお義兄ちゃんのことが家族として好きで。


『……お前、こんなとこにいると風邪引くぞ。早く帰れ。』


 家族になる前、偶然出会って助けてくれたお義兄ちゃんに……恋をしている。




「またお義兄ちゃん、帰ってないの?」

「そうなんだよ茉里~! 本当、亜蓮には困ったものだよ……。」


 朝、お義兄ちゃんのお父さん……つまり、私のお義父さんとしみじみとそんな会話をしていた。

 お母さんは今日は仕事の都合で会社に泊まったから、今朝はいない。

 お義父さんと二人きりで朝食をとり、いないと分かっていながらもお義兄ちゃんの部屋の前で立ち止まった。


 早く制服に着替えて学校行かなきゃ……。

 そう思っているのに、体はなかなかここから動こうとしない。


「……お義兄ちゃん。」


 呼びかけてみても、当然反応はなし。

 勝手に部屋を開ける事まではしないけど、少しだけドアノブに触れてみる。

 無機質な冷たさは、まるで私に対するお義兄ちゃんの態度みたい。

 ……お義兄ちゃんは、私のことを可愛がってくれてはいる。義妹として。


 でもね、お義兄ちゃん。

 私はいつも、羨ましいんだよ。お義兄ちゃんに相手してもらえる女の子たちが。

 私でさえ扉までしか部屋に入った事ないのに、平然として入れる見知らぬ女の子たちが羨ましい。

 お義兄ちゃんは、どんな女の子でも相手をするのに。


 ……どうして私は、“女の子”として相手してくれないの。


「っ……亜蓮!!」

「!?」


 しんみりした気持ちになりかけた私に聞こえたのは、滅多に聞かないお義父さんの荒げた声。

 しかもお義兄ちゃんの名前も聞こえてきて、驚いた私は反射的にお義父さんのところへと向かっていた。


「お義父さん……さっきのって……」

「……あぁ、ごめんね茉里。さっきちょうど亜蓮が帰ってきて、つい大きな声を出してしまったよ……。」


 申し訳なさそうに眉の端を下げるお義父さんに、やっぱりそうなんだ……と確信する。


「お義父さん、お義兄ちゃんどこ行ったの?」

「シャワー浴びてくるって言ってたから、きっとお風呂場だと思うけど……って茉里!?」


 お義父さんの声を聞かないまま、私は足早にお風呂場へと向かった。

 最近、お義兄ちゃんと顔を合わせていない。大体一週間くらい。

 だから今日、せめて顔だけでも見ようと、後先考えずに勢いよく脱衣所の扉を開けた。

 ……のが、良くなかった。


「…………え、あ、え……ごめん、お義兄ちゃ……――!?!?」


 ひぇ……。

 いや、そりゃあ考えなかった私も悪いけどさ。


「お前、何勝手に入ってきてんだ。」


 鋭い眼光、ドスの効いた声、威圧感ある大きな体。

 それに加え、ちょうどお風呂場から出てきたお義兄ちゃんに壁ドン……なるものをされている私。

 肝が冷えそうで、ぶるるっと縮こまった。

 おまけにお義兄ちゃんはお風呂上がり、下はタオルを巻いていると言えど上裸の為、目のやり場に困った。


 しかも、水滴まみれのお義兄ちゃんはいつもよりも色っぽく見える。

 ……うぅっ、かっこいいよぉ。

 ほうっと見惚れて呆けていると、お義兄ちゃんがいきなり私の頬を引っ張ってきた。


「にゃ、にゃにひゅるの……。」

「はよ出てけ。んじゃねーともっと引っ張るぞ。」


 思ったよりも優しいお仕置きで、私は一瞬ピタッと動きが止まってしまった。

 ……そこは、『キスするぞ。』とかじゃないんだ。

 血が繋がっていないとはいえ、兄にそんな期待をするのは無謀だと思う。

 だけれど少しくらいは、期待したかった。


「……はーい。」


 お義兄ちゃんに言われた通り、大人しく脱衣所から出る。

 ところどころに水滴がついてしまっていて、ちょっとだけ冷えてしまった。

 ……やっぱりお義兄ちゃんは、私を義妹だとしか思ってくれてないみたい。




 家族になる前、お義兄ちゃんと出会ったのは小学5年生の時。

 まだ両親の離婚の傷も癒えていなかった私は、度々家を空けていた。

 家に帰っても一人、誰も相手をしてくれない。子供だった私はそれがとてつもなく嫌で、近所の公園でよく暇を持て余していた。

 ……まぁ、友達もいなかったから結局ぼっちだったんだけど。


 そんな私はとある豪雨の日に、お義兄ちゃんと出会った。

 その日は朝の予報が晴れだったから傘を持ってきていなくて、渋々ランドセルを傘代わりにして公園の遊具まで走って帰った。

 もちろんずぶ濡れになっちゃって、家に帰りたくても帰れないからどうしようって頭を抱えてた。


『……おい、こんなとこで何してんだよ。』

『へ……?』


 ランドセルと一緒に膝を抱えていた私の頭上に言葉を落としたのは、小学6年生だったお義兄ちゃん。その時にはすでにガラが悪くて、喧嘩上等という感じだった。

 学校は違っていても、喧嘩っ早い6年生がいるのは風の噂で聞いていた。それがお義兄ちゃんだという事を、この時は全然知らなくて。


『傘がないなら貸してやるから帰れよ。』

『……帰らない。』

『何でだよ。』

『嫌なの、家帰るの。一人ぼっちになっちゃうから。』


 同じように雨を見上げながら話を聞いてくれたお義兄ちゃんに、親しみを感じていた。本当におにいちゃんになってくれればいいのに、とも思っていた。

 それからお義兄ちゃんは私を憐れんだのか、頻繁に公園に来て一緒に遊んでくれるようになった。

 そのせいで他の子が公園に来なくなっちゃったから、やむなく近くの空き地で時間を潰していたんだけど……。


 でもお義兄ちゃん、中学受験があるからと秋には来てくれなくなった。

 お義兄ちゃんの志望校は県内でも進学校と呼ばれる頭のいいところで、また一人になっちゃうって焦った。

 だから私もお義兄ちゃんと同じ中学を受験したんだけど、私の学力じゃダメだった。全然届かなかった。


 中学こそはお義兄ちゃんと一緒のところに……!なんて思って頑張っていたからショックが大きくて、しばらくは立ち直れなかった。

 んだけど、その矢先にお義兄ちゃんと家族になれた。あの時ほど神様に感謝した事はない。

 再開したお義兄ちゃんは私のことなんてこれっぽっちも覚えてなくて、それに気付いた時は泣きそうになっちゃったけどそこまでわがままは言えない。

 本当のおにいちゃんになってくれて、嬉しかったから。




 お義兄ちゃんはずるい。ずる賢くて、卑怯で、どうしようもなく憎めない。

 散々女の人を連れ込むのも私に振り向いてくれないのも、グレてるのも全部ぜんぶずるい。

 私だけがお義兄ちゃんを好きなのも、ずるすぎるんだ。


 でも、そんなところも好きって言ったら……お義兄ちゃんはどんな顔するかな。

 失望する? 嫌う? それとも私には興味ない?

 ……どうなったとしても、好意的な返事はないと分かっている。

 私は、叶わない恋を患っているんだもの。


「お義兄ちゃん、今ちょっといい?」


 学校から帰宅してから私は、お義兄ちゃんの部屋をノックしてひとつのペットボトルを持っていく。

 ペットボトルの中身はただの炭酸で、お義兄ちゃんが買い置きして冷蔵庫に入れていたもの。

 というのもついさっきお義兄ちゃんから《下いるんなら炭酸持ってきて》という何とも人使いの荒いメッセージが入ったから。


 コンコンと軽くノックすると数秒の間の後、ガチャリと気怠そうに扉が開かれる。

 奥には完全にオフの緩いお義兄ちゃんがいて、久しぶりに見たラフな格好にちょっぴりドキッとしてしまった。

 

「あ、炭酸せんきゅ。……って、おい茉里。何で力入れてんだよ。」

「……今日は誰も、部屋に上げてないんだね。」


 お義兄ちゃんに炭酸を渡す直前、ぽつりと導かれるようにそう口にする。

 そんな私にお義兄ちゃんは何だという風もなく、短く返事をした。


「まぁ、今日は気分じゃねーし。」

「そっか。……ねぇお義兄ちゃん、あんまり女の人誑かしちゃダメだよ。」

「は? 別に俺が何しようが茉莉には関係ないだろ。」

「……そうかも、しれないけど。」


 眉を顰めて、苛立たしそうに私から炭酸を取り上げたお義兄ちゃん。

 やっぱり、お義兄ちゃんには何を言ってもダメかなぁ……。

 なんて少し悲しくなりながらも、これ以上お義兄ちゃんを怒らせないように背を向けた。

 ……私はまだまだ、お義兄ちゃんを分かってない。


「茉莉、ちょっと待て。」

「え?」

「お前、なんか変じゃね。……なんかあったのかよ。」

「っ……そんな事、ないよ?」


 あぁもうどうして、振り向いてはくれないのに気付くの?

 言ってしまいたい、お義兄ちゃんが好きだって。兄としてじゃなく、一人の人として好きなんだって。

 それはまだ、お義兄ちゃんに軽くあしらわれてしまうだろうから言わないけど。


「気のせいじゃないかな? あっ、ちょっと私やらなきゃいけない事あったから部屋に戻るね!」


 顔の火照りがお義兄ちゃんにバレないよう、急いで少し離れた自分の部屋に戻る。

 いつもはクズムーブばかりするのに、こういう時だけは鋭いのずるい。

 ……だからあなたが何度も女の人と一緒にいても、諦められないんだよ。分かってよ、お義兄ちゃん。

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