円満な婚約解消
Kaoru
初恋は実らないもの
年上の婚約者
この日、わたくしは失恋をした。
ずっとずっと大好きだった人。
わたくしよりずいぶんと年上だけれど、わたくしを子ども扱いしなかった人。
周りが皆、まるで大切な宝物のようにわたくしを扱うのに、対等にお話をしてくれた人。
そして、「君は悪くないよ」と言ってくれた初めての人。
本当はずっとこのまま、貴方の婚約者で居たかった。
貴方が齎す温かさに包まれていたかった。
そして、貴方とずっと生きていきたかった。
この国に居場所のないわたくしでは、望んではいけないことだと分かっていたけれど。
お義父さまにも、お義母さまにも、「決して好きになってはいけない」と言われていたけれど。
心の奥では、どうか、どうか、わたくしとこのままずっと一緒にいて、と願ってやまなかった。
それでも時は来てしまった。
貴方と同じ未来は歩けない。そう突きつけられる日が。
だから、わたくしはわたくしができる最高の笑顔で笑うの。
円満な、婚約解消のために。
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アリス・クラヴェルには、年上の婚約者がいる。
それもまだ2歳の時に決められた婚約者で、相手は8歳年上で当時10歳だった。
見た目は頗る美形。少し冷たくも見えるけれど、その濃紺の瞳は光彩が光の加減で金色に光り綺羅星のよう。濡れ羽色の髪はまっすぐで、癖がなくさらりと流れる。
初めて顔合わせをしたとき、アリスはその瞳に星が瞬くのを綺麗だと思った。
名前は、シルヴァン・ベシエール。ベシエール公爵家の嫡男だ。
アリスのクラヴェル家も同格の公爵家で、アリス以外に3人の子がいる。
アリスよりずっと年上で、兄や姉というには年が離れすぎていた。一番年の近い姉ですら、12歳年上だ。
クラヴェル夫妻に年の離れた子供が生まれた――というわけではない。
アリスは血の繋がらない引き取られた養子だった。それでも、家族はみんなアリスを可愛がってくれる。
彼女自身も自分が養子だと知るまでは夫妻の子だと信じ切っていたほど、実子との差はなく育てられた。
もちろん、年が離れているからといって、甘えも許されない。養子であっても公爵家であるということの矜持はちゃんと植え付けられた。
幼い頃から家庭教師が付き、淑女としての教育も厳しくされた。
ただ、アリス本人は、全くの健康体で風邪もあまり引かない元気な子供だが、世間的には病弱なため外には連れて出られない、と公表されている。
だから、アリスは公爵邸から出たことがほとんどなかった。
クラヴェル公爵家は、広大な面積を誇るヴィリス帝国の中でも随一の貴族家だ。皇家の傍流で、現当主であるアリスの父は低いながらも皇位継承権を持つ。
当然、領地も広大で配下の貴族家は多く、その一族を隙なく束ねる優秀な家門だ。
直轄の領地もあるが、現在は父の弟が常駐して領地を治めている。父は帝都で、最近即位したばかりの皇帝を支える宰相を務めている。
宰相職は世襲制ではないため、長兄は父の跡を継ぐべく、勤勉に努力を重ねている。次兄は叔父と同じく、領地経営を任される予定のため、今は領地の本邸で叔父から指導を受けている。
一番年の近い長姉は、大恋愛の末、最近侯爵位を賜った騎士団長の元へ嫁ぐことになっている。
どちらかというと文の血が強いクラヴェル家において、母方の武の血を一番引き継いだ長姉は、長いこと婚約者を作らなかった。本人が頑として受けれなかったためだ。本来は、女性騎士として王妃に仕えると言っていたが、騎士団の演習に参加した際にのちの騎士団長となる男性と一目で恋に落ちたらしい。
母は、姉に引き継がれた通り、武門の出だ。母方の祖父は前の騎士団長で、大柄で声の大きい。見た目通り人として器も懐も大きな人だ。小さな子供のアリスにも分け隔てなく優しい、よく遊んでくれる好々爺である。母はそんな祖父の気質を引き継いで、厳しい面も有れど、おおらかで暖かい人だ。
アリスの周りには、嫌な人間は一人も存在しない。厳しいけれど、ちゃんと愛してくれる大人ばかりに囲まれたアリスは幸せな子供だった。
そんな一家の中で育ったアリスだが、兄や姉のように、外に出て公爵家の顔として活躍する未来は想定されていない。
だからこそ、病弱という設定の下、公爵邸に囲われている。
公爵令嬢として正しく教育はされているけれど、世にはお披露目されていない秘された子供だ。
アリスは2歳の時に婚約者が決まったが、しばらく顔合わせは行われなかった。
初めて婚約者――シルヴァン・ベシエールに出逢ったのは、5歳の時だった。
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