この世界のほころびを、僕はまだ知らない 〜名前のない旅人と不思議な小さな魔物の物語〜

ゆうり灯

第1章 : 揺らぎの森で 

第1話「目覚めの森と、名もなき僕」


「ねえ、性格診断の分類、何だった?」


「ん?……ああ、なんか最近また流行はやってるよね」


「そうそう。ちょっとした話題になるじゃん? なんかSPは入ってそうって思ってた」


「へぇ……なんで?」


雰囲気ふんいき? あと、周りの空気読むの上手いし」


「ふーん。……でも僕はまだやってないんだよね」


「えっ、そうなの? じゃあ今やってみる? すぐ終わるし」


「ああ、うん。いいよ」


「なんかこのサイトが評判いいみたい。質問数多いけど、精度は高いって

……名前と、生年月日……利用規約? まあオーケーでしょ。普通のやつだし。

じゃあ質問して行くから答えてね」


「うーん……はい。いいよ」


「おっけー。じゃあいくよ。第一問──」


 


──その先は、誰にも語られない。


 


 

風が、吹いていた。

木の葉が揺れる音。鳥の遠い鳴き声。土のにおい。

まぶたの裏から、うっすらと光が差し込んでいる。


僕は、目を開けた。


広がっていたのは、緑に包まれた森。

木々は高く、の光は細く差し込んでいて、空の色もどこか馴染なじみのない淡さだった。


「……ここは、どこ?」

 

自分の声に驚くこともなかった。

まるで当たり前のように、そこにいた感覚。

だが、どうしてここにいるのか、何をしていたのか、思い出せない。

 

気分は悪くない。痛みもない。

だけど、そこは僕の知っている世界じゃない気がした。


空気のにおいも、草の湿り気も、少しだけ“ズレて”いる。

それが何からズレているのかすら分からないまま、僕はそっと立ち上がった。

 

足元には、柔らかなこけと枯れ葉。

僕はゆっくりと周囲を見渡しながら、木々の間を歩き始めた。

この状況を理解するには、とにかく少しでも情報が必要だった。


自分がなぜここにいて、どこへ行けばいいのか。


数分、あるいは数十分か。時間の感覚も曖昧なまま進んでいると、

どこかで──かすかな気配を感じた。 


「……誰か……?」 


それは、動物のような。あるいは何かが静かに身をひそめているような。

恐怖はなかった。ただ、不思議な引力のようなものを感じて僕はそちらへと歩を進めた。


木の根が張り出した斜面の先。

その影に、半分ほど土に埋もれた何かがあった。


近づいて、手で掘り返してみる。

それは、金属のような板だった。

表面は風化していて読みづらい。けれど、部分的に見える文字列は、


── ...n ao...


何かを示す記号? それとも名前? 


ふと、その瞬間。自分が「自分の名前」を思い出せないことに気づいた。


 そういえば……僕は、なんて名前だった?

 

思い出せない。

でも、この文字は──何か、懐かしいような気がする。


“ナオ”──Na-o……Nao。


「……ナオ」 


そうつぶやくと、妙にしっくりと胸の中に収まった。

その瞬間、ほんの少しだけ、この世界と繋がったような気がした。

 

「……僕は、ナオ」


名前は記憶の代わりになる。

この世界で生きていくなら、せめて“僕”を名乗れる何かが欲しかった。


吹き抜ける風が木々を揺らし、小さな音が森の奥へと消えていく。

ナオとして生きる。それが、僕の最初の決断だった。

 

それがすべての始まりだとは、このとき僕はまだ知らなかった。


 


──

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