第25話
跳躍するプチバッタ。先程よりも高さと速さのある落下は隕石かと勘違いしてしまいそうになる。それだけの威力を秘めた攻撃にエミリア達は防戦一方となる。
「――スプラッシュ!」
走りながら魔力を溜め魔法を放つエミリア。狙いは同様に地面。跳躍のタイミングで魔法を放つが効果は余り見られない。多少警戒はしているのだろうが、脅威になり得ないと判断したのか無視してそのまま空に飛び跳ねる。
「大きくなっただけじゃない。身体能力も上昇している」
冷や汗を流すグレイ。冷静に分析しているようだが、どうせならその持ち味を先程の戦闘に活かして欲しかったと思うエミリア。後悔先に立たず。今更言っても仕方ないのだが。
「これじゃあ直ぐに追い付かれるぞ!」
「グレイ何か策はないのッ⁉︎」
こうなってしまえばアッシュはもう近寄ることが出来ない。カリンも攻撃魔法のレパートリーは少ないのか逃げることに精一杯らしい。
アッシュが前を走るポジションならカリンはサポート、そしてグレイはブレインといったところか。役割分担が出来ているのは良いことだが、いざという時にそのバランスが崩れてしまえば簡単に壊れてしまう。上級生のグレイを頼ってしまうのは当然の流れかもしれないが、当の本人はキャパシティオーバーだろう。明らかに余裕がない。
(他人事のように分析してるけど、これは不味いわ)
危機的状況なのはエミリア達にしても同じだった。サポーターのクリンに一応非戦闘員のミスト。魔法職のエミリアでは真正面からあのイレギュラーを足止めすることは出来ない。情けなく思うが実戦経験に乏しい学生でも居てくれるだけ助かる。
「くそ、こうなったら俺が一か八か」
「ダメだ! 下手に近付いても潰されるか蹴り飛ばされて終わりだ」
「じゃあどうするんだよ? このままだとみんなペシャンコになっちまうぞ!」
今のプチバッタは竜にも匹敵するような大きさになっている。生物の頂点に立つとされる竜にも引けを取らない体躯……幸いだったのが竜に比べ知能と攻撃能力が低いことだろうか。それでも今のエミリア達からすれば十分脅威なのだが。
(こんなところで終われないのよ。アイツにもらった命。無駄にはしない)
炎と水。異なる属性の魔力を組み合わせて放つ。炎が冷やされ白い蒸気が現れる。威力は無いに等しいが時間稼ぎになら使えるかもしれない。プチバッタの複眼と触角を覆い隠すように魔法を展開する。
「目眩しか? でも飛び跳ねたら意味は……」
「いや、動きが止まってる。今がチャンスだ」
グレイが言うようにプチバッタは沈黙している。さすがに倒したわけではないのだろうが、少しでも足止めになっているなら十分意味がある。先頭を走るクリンに合流する。
「す、すいません。もう魔力と体力が……」
限界が近いのだろうクリンが苦しそうに言葉を漏らす。それも無理がなかった。プチバッタとの追いかけっこ中ずっとミストを背に抱いて走っていたのだ。寧ろ十分持った方だと言える。
「ミスト、ここからは自分で走るの。出来る?」
「……」
頷きクリンの背中から飛び降りるミスト。そのまま何を思ったのか疲弊したクリンを背中に担ぐ。
「え、えっ⁉︎ ミストちゃん?」
「……これは身体強化」
先程までクリンが使っていた身体強化を同じように再現するミスト。人一人担いだ状態で遅れることなく走る。子供が誰かの真似をするようにミストは身体強化を使って見せた。それも難なく。
「おっ、選手交代か?」
「だからバカやってないでさっさと走る!」
三人が合流する。アッシュの場違いな言葉に即座にカリンがツッコミを入れる。一見余裕があるように感じられるが、呼吸は乱れ汗を流している。――彼らは魔法学園の生徒なのだ。さすがに走り込みの授業などないだろう。限界は近い。
「もう直ぐ野営地だ。そこまで逃げ切ればなんとかなるぞ」
「歓迎されてないようだけど大丈夫かな?」
「その時は逆に文句言ってやろうぜ」
終わりの見えなかった持久走もゴールが見えてきた。カリンではないが、魔物を引き連れて拠点に戻れば何を言われるかは分からない。だがそれはお互い様だろう。彼らは見捨てる判断をしたのだから巻き込まれても文句を言われる筋合いはない。
チラッと後方に目を向ける。まだ魔法の継続時間ではあるが、どうやらエミリア達は
「⁉︎ おいおいおい」
「不味いぞ。みんな走れ!」
視界が晴れたプチバッタは再び動き出す。その対象は野営地の方向……エミリア達に照準を合わせているのは言うまでもないだろう。これまでにない跳躍でどんどん距離を縮めてくる。
「そ、そんな……きゃっ⁉︎」
スタミナ切れが近かったカリンが足をもつれさせ転ぶ。起きあがろうとするが足は思うように動かない。焦りと痛みから軽いパニックを起こしている。
「か、カリン!」
「くそッ! 待ってろ今助かる!」
グレイとアッシュが助けに向かおうとするが、若干距離が離れていた。後方を走っていたカリンの転倒。それに気付くのが遅れ、急な方向転換。どう考えても間に合うはずがなかった。
最初のターゲットを選んだのかプチバッタが高く跳躍する。その落下地点にいるのはカリンだった。
スローモーションのように流れる時間。必死にグレイとアッシュが走るが思うように動けない。迫り来る死を前に絶望した表情でカリンは手を伸ばすが誰も取ることは出来ない。死は誰にでも平等で不公平。人間もハーフエルフも関係なかった。
――デーモンランス。
常闇から放たれる暗黒の槍。光を切り裂き突き進む闇魔法が重力に従い落下していた巨大なプチバッタを弾き飛ばす。
何が起きたのか分からず惚けるカリン、グレイ、アッシュ。エミリアもその一人だったが、直ぐに指示を出す。
「今のうちにカリンを回収! 急いで!」
(……あの巨体を吹き飛ばす魔法。『止まり木』メンバーでも難しいわよ)
生まれながらにして本物の魔法使い――エルフ族が近くにいるのかと思ったがあり得ない妄想だと頭を振る。彼らが狭間の者であるハーフエルフを救うなどないのだから。
助かった命を前に涙目のカリン。そのカリンを両サイドから支えるグレイにアッシュ。ゆっくりではあるが何とかエミリア達と合流する。
「み、ミストちゃん。私は大丈夫ですからカリンさんを背負ってあげて」
ミストの背から降りるクリン。本人も辛いだろうが足を負傷してパニックのカリンよりはマシだろうと判断したのか。クリンの言葉を聞き今度はミストがカリンを背に抱く。
「よく分からねえけど助かったのか?」
「……いや、どうやらまだらしい」
ひっくり返っていたプチバッタがジタバタしながら身を起こす。グレイの言葉通りまだ動けるらしい。――鈍くて頑丈、本当にしつこい。
「走って! このまま逃げ切るわよ!」
もう足止めどうこう言ってられる余裕はエミリア達にはない。残りの体力を逃げることに注ぎ込む。プチバッタも諦めが悪いのか執拗に追ってくる。だが明らかにスピードが落ちお得意の跳躍力の低下が見られる。
「もう直ぐ野営地だ!」
レースさながらのデッドヒートが繰り広げられる。ゴールが野営地で前を行くエミリア達を追う巨大なプチバッタ。無論ゴールしたところで戦闘が終わるわけではないのだが。
こちらを指差し焦る冒険者達。こちらを見殺しにしたのだから押し付けても文句は言えないだろと腹黒いことを考えるエミリア。ダンジョンでそれをやれば蛇蝎の如く嫌われるが、大義はこちらにある……そう割り切る。
「でも直ぐそこまでプチバッタが」
「くそッ! あとちょっとなのに!」
ミストの背中から背後を見るカリン。先程の恐怖は消えていないのか顔色は悪い。悔しそうにアッシュが叫ぶがプチバッタは諦めない。
――そんな彼らの言葉とは別の何か。
小さくとも耳に不思議と残る声色で呟く。
「……しゅう」
鈴を転がすような声。誰が発したのか確認しようとする前に、別の存在によって意識がそちらに傾く。
少し考えれば分かったことなのかもしれない。竜にも引けを取らない巨体な相手に喧嘩を売る人物など限られている。
「⁉︎ あいつは⁉︎」
クロム王国では珍しい、というよりは一人しか存在しない黒髪が靡く。ある種禁忌とされる旧ヴァイス王家の家紋が記された服を着用する命知らずなど、世界でたった一人だろう。他人を見下し踏み台にすることしか考えていない暴君が戦場に降り立つ。
「どけーー!」
声を張り上げる旧国の王子。エミリア達はシュヴァルツを避けるように駆け抜ける。
件の人物が手にしていたのは飾り気のない剣。どこにでも売っているような片手剣を構えエミリア達とは逆方向、プチバッタ目掛けて走る。
目視出来たのは最初だけ。黒い閃光がマルタ平原を突き進み、プチバッタと寸刻足らずで交差する。――瞬間瞬く黒い光。あれだけ頑丈だったプチバッタが綺麗に両断されていた。
ついにプチバッタに引導が渡された瞬間であった。
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