第7話

 薄暗い遺跡を進む。音が反響しているのか、二人の足音がやけに耳に入る。次の道を曲がった先には仲間がいるのか、魔物が待ち構えているか、それとも仮面か。

 索敵魔法はパーティメンバーが担当していたこともあり、エミリアは気配察知が余り得意ではない。気付けば汗が流れ、息づかいも荒くなっていた。


「……おい」


「分かってるわ。もう少し落ち着くから……」


「発情してるのか?」


「⁉︎ してないわよッ!」


 隠密に徹する必要があるのだが、つい声を荒げてしまう。さすがにこれはエミリアが悪いわけではない。年頃のレディに向かって発情など言語道断である。緊急事態でなければ確実に魔法を浴びせていただろう。


「頭がおかしいのか? ダンジョンで何を考えている。ハーフエルフは皆そうなのか?」


「その前提で話を進めるな! 種族全体を変態扱いするな!」


 ゴミを見るような視線を向けてくるシュヴァルツ。何で自分がそのような扱いをされなければならないのか。これではエミリアがシュヴァルツに対して何か想っているようではないか。断じて違う。そんな感情はない。


 ……確かにシュヴァルツは容姿が整っている。中性的な見た目に綺麗な黒髪は他者を惹きつける何かがあるのかもしれない。エルフやハーフエルフは容姿よりも当人が持つ魔力を重視するが……。


「何を見ている? 殺すぞ」


「ないわ、絶対ない。だって性格が最低だもの」


 シュヴァルツが変なことを言うからエミリアも余計なことを考えてしまった。――切り替えなければ。ここはダンジョン、魔物の領域なのだから。


「アンタはどんな戦闘バトルスタイルなのよ? 今更だけど確認しておきたいわ」


「それを聞いて何になる? イレギュラーは俺が頂く。横取りをするならお前から叩きのめすぞ?」


「……傲慢すぎて清々しいわ」


 冒険者ランクが与えられない『永遠のZ』。資格なしとして低ランクの薬草採取すら受けることの出来ない最底辺。にも関わらず大物を討伐しては手数料で五割を取られても強引に売り付ける謎ムーブ。何か裏があるのではないかと度々話題になるが、誰も真相を知らない。――分かっているのは歯向かう冒険者の全てを叩き潰してハイベルから追い出したことくらいか。


「アンタのことはほとんど知らないけど、噂が本当なら仮面にだって負けないんでしょ?」


「当然だ。俺が最強だ」


 絶対的な自信。世間から忌み嫌われても動じない屈強な精神力。シュヴァルツの事情を深くは知らないが少なくとも他の人間よりは信頼出来る。思惑はあるにしてもこの死地まで同行してくれたのだ。しかも見ず知らずのハーフエルフの為に。

 仲間だけではない。この黒髪の少年も無事でいてほしい。その望みは決して強欲ではないだろう。


 ――シュヴァルツが歩を止める。何事かと聞く前に変化は現れた。息苦しさと異様な緊張感にプレッシャー。経験したことのある死の気配により、エミリアは自然と杖を手に取る。

 ジャラジャラと何かを引き摺る音がする。曲がり角からそれは出現した。


「⁉︎ か、仮面ッ!」


 魔力を練り術式を構築。杖を振り即座に魔法を放つ。狭い閉鎖型のダンジョンで炎は自殺行為に近い。選択した魔法は風。風の刃で未知の魔物を切り刻む。


「⁉︎ だめ、やっぱり魔法が効かない」


 魔法は成立していた。焦りから精度が落ちたわけでもない。確かに手応えはあったのだ……敵に命中する直前までは。


「続けろ。俺が見極める」


「――分かったわ。スプラッシュ!」


 仮面の足元に魔法陣を召喚する。風がダメなら水を。ほぼゼロ距離で魔法を浴びせる――がやはり命中する直前で霧散してしまう。見た限り結界ではない別の何かによって魔法を防がれている。


「なら次は……⁉︎ 不味いわ、投擲がくるわよ!」


 金属同士が擦れる耳障りな音が聞こえる。鎖を手に持ち投擲体勢を取った仮面。エミリアと変わらない背丈のどこにそれだけの力があるのか。

 パーティメンバーと先程の冒険者達がやられた鎖鎌の攻撃が迫る。その対象は魔法を扱うエミリア――ではなかった。ここまで静観していたシュヴァルツである。盾や防具を持たない少年に死神の大鎌が迫る。


「ぬるいな」


 少し身を低くする。ただそれだけの回避行動で大鎌はシュヴァルツの上を通りすぎて後方の地面に突き刺さる。好機と見たシュヴァルツは大鎌に繋がれた鎖に乗り、そのまま仮面に向かって走り出す。


「あ、アンタ大道芸人なの⁉︎」


 敵もバカではない。簡単に接近を許すはずもなく、大鎌を手繰り寄せると同時に背を向けて駆けるシュヴァルツを狙う。無論想定済みだったのか軽やかに地面に飛び降り、またしても攻撃を躱してしまうシュヴァルツ。背中に目でもあるのか、何度も投擲される鎖鎌を演舞のように回避する。


「おい、ハーフエルフ」


「私はエミリアよ! 何?」


「お前はアレがに見えるのか?」


 攻防が一括りしたのか互いに距離を取る両者。シュヴァルツから投げかけられた言葉の意味が分からず画面を凝視する。

 背丈はエミリアと変わらない。不気味な仮面に全身を覆うローブ、そして大鎌。まさに死神の様相である。


「過去の武人が魔物になってるんだから、人に近い見た目はおかしくないわよ」


「……そうか。俺はこれまで身内以外の人間でを見たのは初めてだがな」


「⁉︎ 黒髪って確か……」


 仮面とローブに暗がりで分かり辛いが確かに髪色は黒色だった。魔物がどんな風貌だとしても関係ないと思うがシュヴァルツはそれを否定する。


「人間だろうがハーフエルフだろうが魔物も関係ない。黒髪はヴァイスの証だ。――そしてヴァイスは俺以外全滅している」


 再び投擲される大鎌を今度は躱すことなく受け止めるシュヴァルツ。エミリアや冒険者を死地に追いやった鎖鎌を軽々と片手で掴む。――不思議なことに手から血は流れていない。


は俺一人で十分だ。身の程を知れ紛い者」


 仮面の武器である鎖鎌を逆にシュヴァルツが強引に手繰り寄せる。針に食い付いた魚のように宙を舞う仮面。その行き先は拳を構える黒髪少年の元へ。

 一発。鈍い音と同時に激しく地面に叩きつけられる仮面。衝撃により遺跡には振動が響き渡る。エミリア達の魔法を全て無効化した仮面の絶対防御をシュヴァルツは難なく破って見せた。


「攻撃が通った⁉︎ 物理は効くの⁉︎」


「さて、どうだろうな?」


 拳で叩き付けられた仮面。現在も押さえられているのか身動きが取れないように映る。……よくよく目を凝らせば仮面の身体とシュヴァルツの拳の間には不自然ながあった。


「――これはか」


「黒魔法? 何よそれ」


「お前が知る必要はない」


 更に一発シュヴァルツが拳を叩き込む。激しい衝撃と振動が周囲に伝わるが依然として拳が届いていないように見える。……どうやらこれが魔法を防いでいた正体。空間を断絶するなにか。このような魔法聞いたことがない。


「いつまで耐えられるか試してやろう」


「ちょっ、アンタ本気⁉︎」


 シュヴァルツの行動は至ってシンプルだった。攻撃が届かないなら届くまでひたすら殴り続けるという単純な作戦だった。何度も何度も仮面に拳を打ちつける。

 身体を揺らす轟音が遺跡内に響き続ける。これだけ騒げば他の魔物が勘付き近寄って来そうでもあるがそれはなかった。おそらくは異様な状況に対して避けるべきだと判断したのだろう。エミリアも関係ないなら回れ右をしたいくらいである。


「手応えのないサンドバッグだな!」


「……うわ、笑ってる」


 悪党のような笑みを浮かべながら拳を振るうシュヴァルツ。顔が整っている分余計に気味悪く映る。これではどちらが敵か判断が難しいだろう。

 決定打に欠けるようにも見えるが仮面は防御のみで反撃することが出来ていない。メインウェポンである鎖鎌を封じられ、空間断絶の力を攻撃に転用することが不可ならこの戦いは持久戦となる。シュヴァルツの拳が壊れるか仮面の守りが破れるか。


「そのまま続けて! 私が魔法の解析をするから」


「邪魔をするな。それに――これで終いだ」


 何が瞬いた。

 狭い空間内で光る何か。

 突然の変化に対応出来ず目を閉じてしまう。寸刻後にこれまで聞いたどれよりも大きな音と振動に衝撃で吹き飛ばされるエミリア。

 ――耳に残るガラスが割れるような音が勝敗を喫する合図となった。




****




「どう、なったの?」


 目をゆっくりと開く。

 そこには倒れ伏す仮面とそれを見つめる黒髪の少年。勝者はシュヴァルツであり仮面は完全に沈黙していた。


「つまらない贋作だな」


「……アンタが勝ったの?」


「当然だ。俺がナンバーワンだ」


 自信満々に答えるシュヴァルツ。戦った本人が言うのだから間違いはないのだろう。……だが感じるこの違和感は何なのか。


「力を使い果たすとのか。仮面に仕掛けがあるのか? それとも……」


 ぶつぶつと呟くシュヴァルツも気になるがそれよりも意識が向くのは仮面の魔物。……黒髪だったはずの仮面はいつの間にかに変化していた。


「待って、おかしいわ。ダンジョン産の魔物は倒すと消滅するはず。まだ生きてるんじゃ……」


「ダンジョン産の魔物だと? ハーフエルフは目が悪いのか? ――こいつは魔物ではない。そしてまだ生きている」


 仮面の顔元に屈むシュヴァルツ。伸ばされた右手は顔に向かう。仮面を剥ぎ取りエミリアに見せびらかす。仮面の下には目を瞑るの顔があった。

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