桜の約束

天音おとは

桜の約束

 私は月夜野蒼、15歳。桜野道中学校に通う中学3年生。この物語は、受験が終わり、全員が少しだけ自由になった3月に始まった。卒業を目前に控えた、ある昼休みの出来事だった。


「蒼」


 友人の白星舞が声をかけてきた。


「どうしたの? 舞」


 問い返すと、彼女は少し照れたように言った。


「ねぇ、3組の梓くんって、かっこよくない?」


 その話題に初狩や鳥澤も加わって、賑やかに盛り上がり始めた。


「だよねー!」

「私もそう思ってた!」


 皆が楽しそうに話す中で、私は少し黙ってしまった。


「私……梓くんのことなんだけど……」


 顔が赤くなるのが自分でもわかった。


「え? どうしたの、蒼?」


 心配そうな声に、私は小さく告げた。


「実は……小学校のときから、知ってるの」


「えぇー!」


 3人の友人たちは声を揃えて驚いた。


「マジで!? 小学校からなんて……」

「それってすごくない?」


「うん……でもね、あまり好きじゃなかったんだ」


 その言葉に、空気が少し静かになった。


「どうして?」


「好きな人なんて、作らないって思ってたの」


 チャイムが鳴って午後の授業が始まった。私は心の中で、小さく呟いた。


「梓くん……小学校では同じクラスだったけど、中学でも一緒になるなんて」


「入学式の時、どうして気づかなかったんだろう……」


 その日の放課後——。


「梓くん」


 私は彼に話しかけた。


「ん? 月夜野……?」


 彼は少し驚いた表情を浮かべた。


「そうだよ。どうしたの? そんなに驚いて」


「いや、別に……」


「ふふっ」


 思わず笑ってしまった私に、彼は困ったように聞いてきた。


「な、なんだよ」


「小学生の時と、少し変わったね」


「そうか?」


「うん。でも、前より話しやすいかも」


「……そ、そうか」


「じゃあ、また明日ね」


 彼が手を振って帰っていった。その後ろ姿を見送りながら、私は胸の高鳴りを感じていた。


 その夜——。


「ああ、私……梓くんのこと、好きになっちゃったのかも」


 ベッドの中で、枕を抱きしめながら、私は自分の気持ちに戸惑っていた。


 翌日も、その翌日も、気持ちは大きくなっていくのに、なかなか言葉にできない。


 ——そして、3月14日。


 卒業式の前日。午後の教室に彼がやってきた。


「月夜野、明日の午後4時、桜野道公園の池のそばに来てくれ」


「えっ?」


「話したいことがあるんだ。必ず来てほしい」


 私はうなずいた。そして思った。


「これって……チャンスだ。私からも気持ちを伝えよう」


 卒業式の日。友人たちと別れを惜しみながらも、心は明日のことでいっぱいだった。


 3月16日。午後4時前——。


 彼はベンチで待っていた。私は勇気を出して、歩み寄った。


「梓くん、私……伝えたいことがあるの」


 声が震える。顔が熱い。でも、私は言った。


「梓くんのこと、好きなの……」


 彼は優しく微笑んだ。


「俺も、月夜野のこと、好きだった。小学生の時から」


 その瞬間、私たちは桜の舞う中、初めてお互いの想いを交わした。


 ——だけど、進学先は別々だった。


「隣の市の高校なんて……もう会えないかも」


 不安で涙が溢れた。


「そんなことない。俺は絶対に、会いに行くから」


 彼は私を強く抱きしめて、そう言ってくれた。


「笑顔で、待っててくれよ」


「うん……ずっと待ってる」


 桜の花びらが舞う公園で、私たちは未来への約束を交わした。


 ——どんなに道が離れても、あの日の想いが消えることはない。


『いつかまた、桜の下で——』

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