第17話 遠い星

手を伸ばしても届かないほど高くなった空、夏の匂いを漂わせた夕方の空気。

眩しくて暑くて、だけど優しかった遠い夏を想う。

あたしを人間として生み出してくれて、一人で歩けるまで見守ってくれてありがとう。

あなたを思い出すたびに頑張って生きようって思うよ。

幾年月が過ぎ、また夏が来るよ。



「遠い星」


何者にもなれなかった僕が見つけた眩しい1等星。

羨望と憧れのこもった眼差しで見つめる、その遠い輝きはいつか夢見たなれの果て。

気が付いたら僕は大人になって、夢を見ることを忘れてしまった。いつしか空っぽになっていたそんな僕の目の前に現れた眩しい1等星。

君にあの日の夢を託していいかな?



「暑さとぬいぐるみ」


「もう疲れたよ」

つぶらな瞳は黙ってこちらを見つめる。何も言わずにぎゅっと抱きしめてみる。

「そろそろ抱きしめると熱いね」

苦笑すると少しだけ寂しそうな表情になる。

「大丈夫だよ、冷房入れるし扇風機回すから。絶対離さないよ」

腕の中で安心した顔になる。早く冬になればいいのに。



「忘れられない人」


ある日突然消えたとしても、一生忘れられない存在になってしまった。花の名前一つぐらいだったら雑多な日々の中、少しずつ記憶が薄れていったのに。無自覚でやってるんだから、本当に罪深い人だと思う。だけど、忘れたくても忘れられない人がいてもいいと思うんだ。それもまたあたしの人生なのだから。



「永い眠りにつくその時まで」


「君は死ぬ時まで一緒にいてね。終活するっていうとまだ早いですって怒られそうだけど」

君に顔をうずめてくすくすと笑う。どうか君は最期のその時まで一緒にいてね。

「一緒のお墓に入りたいけどね、難しいそうだよね」

一番の願いは今のところ叶いそうにないけど、一緒に行けるところまで行こうね。



「君が見てる空」


窓の外を眺めている君の瞳に移る空は、いつも見上げている空よりも深い色をしていた。

「また一緒にお散歩に行きたいね」

そう言って君の背中をそっと撫でる。お日様の下を一緒には歩けないけど、また一緒に星を眺めに行こう。雨上がりの夜も素敵だよ。

「いつかお日様の下も一緒にお散歩したいね」



「夜を駆ける」


君の手を引いて、星空をひっくり返したような街中に駆け出す。苦情は後で聞くから今はこの手を離さないでいて。

「どこに行くんですか?」

「内緒」

繋いだ手を強く強く握って、どこまでも遠くへ駆けていく。今、この瞬間だけはあたしのことだけ見ていて。

君とこのまま星になれたらいいのに。



「複雑な乙女心」


前髪を切りすぎた翌日。鏡の前で前髪を引っ張ってみたけど伸びるわけもない。学校サボりたいと思ったけど、今日はイケメンの授業があるから行かねば。

廊下を歩いていたら国語の先生に

「あら、牛若丸みたいで素敵ね」

先生、それ誉め言葉になってません。勇ましい眉毛が歪んだ。サボればよかった。



「そばにいるのが君だから」


青空の下、二人並んで河原を歩く。

「あれ、食べれるかなぁ?」

「どうだろ?」

ただの草原だったのに今では立派な食糧庫。面白くておいしくて幸せ。

それは君とだから。

「あ、これ食べれるやつだ」

「よーし、摘むぞ!」

今、繋いでる手が離れるのは少しだけ寂しいと思うわがままは許して。



「心の中に住み着いた」


心の中にいつの間にか住み着いた君が弱音をこぼすあたしの名前を呼ぶ。

困ったような、何か言いたいけど言葉が見つからないみたいなそんな感じを漂わせて。

まるで本物の君がそこにいるみたいに。

「困ったのはこっちよ。わかったよ、できるだけ頑張るよ」

心の中にいる君に苦笑しながら答える。



「名前を呼んで」



いつも冷静で落ち着いてる君が困ってるのを見るのが好き。誰にでも淡々と接する君を少しだけ困らせたいし、君のいろんな顔を見てみたい。

困った君も、戸惑ってる君も好きだけど、君を笑わせたい。

だけど君を困らせたとき、窘めるようにあたしの名前を呼ぶ声が好きで困らせたくなる。ごめんね。



「心の中に住み着いた」


心の中にいつの間にか住み着いた君が弱音をこぼすあたしの名前を呼ぶ。

困ったような、何か言いたいけど言葉が見つからないみたいなそんな感じを漂わせて。

まるで本物の君がそこにいるみたいに。

「困ったのはこっちよ。わかったよ、できるだけ頑張るよ」

心の中にいる君に苦笑しながら答える。



「見つめすぎた」



先生の声とペンを走らせる音だけが響く教室で、君の横顔をじっと見つめる。真剣な顔で黒板とノートに視線を移す。視線に気づいたのか君がこちらに視線を向ける。慌てて前を向きノートを取る振りをする、それをただひたすら繰り返してると肩を突かれる。

「どうしたんですか?」

ノートの端に走り書き。



「巡る季節と恋心」


動き出した風薫る季節。夏服に隠した淡い想いは甘酸っぱくてほんのり苦い。

見上げた星月夜に募る想いを打ち明けた。声は誰にも届かない。

六花が舞い降りる、ひらひらと。この想いを白い世界に眠らせてしまいたい夜。

花冷えする夜にあなたの優しさを思い出し、雲の峰高く手を伸ばす。季節が巡る。


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