第15話 蓼食う虫も好き好き
「二人の世界が成立していたら、他には何もいらないってやつなんだろうねぇ」
ぬいぐるみを撫でながら語りかける。
「最初から誰も信じなければよかったんだね」
涙が出そうになってギュッと抱きしめる。
何も言わないけどただそばにいてくれる、君がいればもう淋しくないね。
LINEの表示を非表示にした、たったそれだけのことで少しだけ心が軽くなった。
返事を待たないし、もう期待もしない。
つかない既読も辛いけど、既読スルーも辛かった。
一方通行で行き場のない言葉も想いも、涙の一滴ももう流さない。
あなたのために心をすり減らすのはもうやめるね。
傷つくことを厭わずに自分が好きな人に向き合ってきたけど、やっぱり傷つくととても痛くて辛くて逃げだしてしまう弱い自分がいる。
この人になら傷つけられてもいい、そう思っても痛いものは痛いし、辛いものは辛い。
傷つかない人間関係などないとわかっていても、慣れることのない痛みを抱えている。
最初はひんやり。次第に同じ温度に変わって、気がつけば君の方が温かくて。
ここにいるよ、いつでもそばにいるよって君の声なき声が聴こえるようで。
どれだけ救われたか、どれだけ癒されたか。
静かに腕の中で、膝の上で君の微かな重さと温かさが脆い心を必死に守ろうとしてくれる。
「別れる男に花の名前を教えなさい」なんて未練がましいって思っていたけど、男に限らず別れる人には花の名前を教えるのはいいかもしれないと思うようになった。
花は毎年咲くし、いたるところで見るから教えるなら
意味が分かると怖い花言葉の花がいい。
花を見て私を思い出すたびに怯えたらいい。
約束は優しさと言う名の嘘で塗り固められた言葉で、それは終焉へのカウントダウン。
真綿で首を絞めるように優しく終焉へ導く。
耳障りのいい言葉でもう惑わせないで。一思いに終わらせて、楽にしてよ…。
哀しみの雨はいつまでも止まない。 優しい嘘で惑わさないで、全て終わらせてしまいたい。
あなたの面影を少しでも多く宿したままでいたかった。
大きな怪我で変わってしまった私の歩き方。
あなたの面影が一つ、私の中から消えてしまった。
遠く離れて暮らすあの人を少しでも近くに感じていたかったのに。
いつの間にか小さくなった背中に想いを馳せる。
穏やかで優しくて傷つくこともない。
何かを期待することも、投げかけても返ってこない言葉を待ち続ける必要もない。
都合のいいときだけの私ならいらないよね。
キミと二人だけの世界がいい。
キミと二人だけの世界でいい。
他には何もいらない、ずっと夜が明けなくていい。
雨の中、お気に入りの傘をさしてあてもなく歩く。
いつもは大嫌いな雨。
濡れた木々の緑や花たちがいつもよりきれいに見えて、いろんなものが濡れて違う世界に迷い込んだようなところは好き。
雨の魔法でこのまま知らない世界にたどり着けたら…。
木漏れ日も遠くから聞こえる楽し気な笑い声も、今はただ心を重くする。
今日が雨なら少しは心が晴れたのかしら?
もし今日が雨なら涙の一滴もこぼれたのかしら?
恨めしい気持ちで空を見上げたら、日差しが眩しくてそっと視線を下に落とす。
このまま太陽に焼かれて小さくなってしまいたい。
なんとなくそばにあったぬいぐるみで自分を囲ってみる。意外としっくりする。
かわいいのに守られてるような安心感もあって癒される。
自分を幸せにすることは簡単なのに、猛烈な渇きのような淋しさはどうして消えないんだろう。
幸せな温もりに包まれていて、こんなにも幸せなのに。
ぬいぐるみで自分を囲ってみたけど、暑すぎていったん離脱する。
俯瞰で見ると円陣を組んで会話してるように見える。
「うわぁ、なにこれかわいい」
思わずスマホのカメラを構える。
どんな話をしてるんだろうって想像するとわくわくする。
中にいても外にいても幸せな空間を作ってしまった。
鳴らないスマホをそっと遠ざける。
見たところできっと既読すらついていないのはわかっているから。
心変わりなんて簡単にするものなのは知ってるから、募るのは不安ばかり。
心変わりしたのならあなたから伝えて欲しい。
最後の勇気はその時のためにとっておくね。
あの子は大嘘つきだった。だけど人を傷つけるような嘘だけはつかなかった。あの子にとっての嘘は自分を守るのは鎧のようなものだったんだと思う。
とても弱くて儚いそんな人だった。
あの子の嘘はいつだってあったかくて、嘘だってわかっててもすごく嬉しかったんだ。そんな彼女が大好きだった。
いつかあなたが歌っていた、真っ白な花を今でも時々口ずさむ。
儚くも冷たい秘密の恋の歌。
あの真っ白な花をあなたはまだ覚えていますか?
冷たい月に祈りを捧げて、伝えられられない想いは白に埋まったまま眠りについた。
太陽の光に触れたら散ってしまう淡い白。
そのまま眠らせて、あなたの中で。
風に乗って聞こえてくる声援に背中を押されたような気がして、背筋がピンと伸びる。
「もう少し、頑張ってみよう」
しっかり前を見て大地を踏みしめてもう一度歩き出す。
まだ背後から聞こえる声援に勇気をもらう。大丈夫、もう迷いはない。
長い長いトンネルを抜けたような気がした。
「蓼食う虫も好き好き」
「蓼食う虫も好き好きって言うけど、ほんとに物好きですよね。こんなの食べたらお腹壊しますよ?」
「自分を卑下し過ぎですよ」
窘めてくれる君の言葉をそっと聞き流す。そんな君の存在にどれだけ救われてるか、絶対教えてやんない。
「ゲテモノ好きの珍獣…」
気味が何か言いたげにこちらを見つめた。
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