第14話 タイトルのないお話(11)

「大丈夫、大丈夫」小さな声で呟いた。

誰にも言えない胸の内、悩みも悲しみも苦しみも全部まとめて紅茶と一緒に飲み込んで、小さな声で呟く「大丈夫」

自分に何度も言い聞かせる、魔法の言葉。

鏡の前で笑顔を作ったらいつもの私。

ほら、もう大丈夫。



「ママ、今月結構仕事休んじゃった。具合なかなかよくならなくて」

メッセージを見て溜息をついてスマホを伏せる。

モヤモヤした気持ちを落ち着かせるために深呼吸。

改めてスマホを手にして文字を打つけどキツイ言い方しかできなくて、打っては消してを繰り返し、悩んだ挙句無難なスタンプで返した。



追いかけられていた。1回は逃げ切れたのに見つかってまた追われて。

逃げ切れないって諦めかけたら、背の高い男の人が手を握って一緒に逃げてくれた。捕まるって思ったら守ってくれた。

繋いだ手を離さないで。


目が覚めたら君の小さな手をぎゅっと握っていた。

つぶらな瞳で『大丈夫』って。



「もう誰にも嫌われたくないの、一人は嫌なの」

つぶらな瞳で黙って話を聞いてくれる。

「だからもう君だけいればいいかなって。これ以上誰かと仲良くなって一人にされるのは嫌」

ちょっとだけ困ったような顔をする。

そう見えるだけなのかもしれないけど。

物言わぬ友人は今日も黙って側にいる。



「あの人が許せなかった。だけど殺すつもりなんてなかったんです」

そんなことを一人呟いて、サスペンスドラマごっこをする。

犯人役はちょっとだけ面白そうだったから。

「にしても、さっむ!!」

一瞬で犯人役から現実に戻る。

どうも役者には向いていないみたい。



『友達がいない』ではなく『一人で気ままにしてる』ほうがずっと気持ちが楽になる。

友達がいなくても孤独なわけではないし。

無理して輪の中に入らなくても、一人で気ままに好きなことをしたらいいんじゃないって思ったら楽になれた気がした。

春の風が心の中を洗い流してくれる、だから大丈夫。



黒焦げの大根もタッパーの裏の氷もなんとなくの思い付きで言った言葉で彼女が笑ってくれるから、嬉しくなって思い付きで適当に名付ける。

「どこまで増えるんだろうね」なんて笑いながら彼女から送られてくる不思議な写真を楽しみにしている。

そんな日常を愛している。



コップに入った真っ白い花を指で優しくつつく。

「心に秘めた愛、か。まあ悪くないかもね」

小さく笑う。

叶わなくても、忘れられなくても。

心にほんのり灯る想いを消し去りたくはない。

自分だけの大切な宝物。

人間不信が誰かをこんなに想えることがとても尊いから。



きっかけは自分を慰めるためだった。

気が付いたら最愛の友人たちも巻き込んで、みんなを幸せにするための物語を紡ぎ始めた。

それぞれ別々の道を歩き始めてからも、最愛の友人たちもらったたくさんの愛情と優しさをこれから出会う人に届けるために紡ぎ続ける。

温かな思いが降り注ぎますように。



嬉しかった言葉を何度も何度も反芻する。

忘れたくない、あなたがくれた優しい言葉を。

欲張りにならないように心にブレーキをかける。

言葉を僅かに交わせるだけでいい、ただそこにいて。

あなたが使う綺麗な言葉が好き。

あなたが見せてくれる素敵な世界。

心にそっとしまうね。



真っ暗闇の中にいる。

微かに見える光の方へ手を伸ばしても届かない。

叫んでみても誰にもこの声は届かない。

「私はここに居るの」

遠くから微かに聞こえる楽し気な笑い声。

どこにも居場所なんてなくて、差し伸べてくれる手もない。

暗い闇の中に飲み込まれていく。

声も届かないまま。



「信じる者は騙される、わかってたのに…」

悲しみは空気に溶ける。

耳障りのいい言葉も、優しさも一時的なものにすぎない。わかってたはずなのに。

人はどんどん変わっていく。

優しい言葉をほんの少しだけ信じてみたかった。

「人間なんてろくなもんじゃない」

呟きを冷めた紅茶を一気に煽った。




恐れていたら前に進めない。だけど毎回同じ結末はさすがに心が折れる。

「自分の言った言葉に責任もってよ。トラウマにトラウマ重ねるのはもう嫌」

「その時は本当に思ってたんだよ」

慰めが虚しい。グラスに入った酒を煽る。

「だから人間なんて大嫌い!」

ダン、と空になったグラスを叩きつけた。


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