第13話 タイトルのないお話(10)

唇を一文字にして溢れそうな涙をこらえた。

本当は笑顔で見送りたかったのに、上手く笑えなくて。

せめて少しでもかわいい顔を覚えていて欲しかったのに、全部台無し。

涙でぐしゃぐしゃな顔よりはましだと思うけど、油断すると涙が溢れだしそうで。

勢いよくあなたの胸に飛び込んだ。



願わくば、いつまででもあなたの側にいたい。

飽きることなんて絶対にない、あなたの側は居心地がいいから。

だけど、その言葉に有効期限は本当にないんですか?

変わらずずっと好きでいてくれるのでしょうか。

すべては移ろいゆくから、同じではいられないから。

いつか終わりが来てしまいそうで…。



電源を落とすように寝る前の支度をしていく。

今日も一日お疲れ様。

頑張った自分を労いながら、明日もまた頑張れるように。

今日が嫌な日でもいい日でももうすぐ終わる。

明日という一日が素敵なものになるように願い部屋の明かりを消す。


「おやすみなさい」

布団に入りそっと目を閉じる。




「明日も雨か」

雨だれの音を聞きつつ天気予報を見る。

そろそろお日様が恋しいと思いつつ、優しいけどどこか物悲しい雨音も好き。

ぽかぽか陽気もいいけど、今はこのまま雨が降り続けばいい。

お日様の光が少し眩しすぎるから。

雨音を子守歌にして今は眠ろう。



「本当に大変だったんですよ」

スマホから聞こえてくるあなたの声。

よっぽど大変だったんだろうなって思いつつ話を聞きながら、珍しいあなたの姿に少し嬉しくなる。

愚痴をこぼす相手に選んでもらえたのが嬉しくて、なんて言ったら変な顔されちゃうかな?

こちらこそ頼ってくれてありがとう。



雨音に耳を傾け二度寝する朝。

罪悪感があるけど、心地よい雨音が眠りに誘う。

あともう少しだけ…。

自分に言い訳しながら微睡む。

こっちへおいでとシルクハットのうさぎが手招きする。

ああ、行かなくちゃ。

さながらあたしは夢の国のアリス。



「鋭いのか鈍感なのかわからない」

やれやれと思いながら、聞こえないように小さな声で呟く。

「何か言いました?」

「なんでもないです」

気づいてほしいことは気づいてくれないし、気づかないで欲しいところには気づいちゃうし。

鈍いままでいてくれたらいいのに。



いつも通る公園の桜が咲いた。

雨に濡れた桜は凛として美しい。

心のアルバムの中にそっと閉じ込めた。

まだまばらだけど、あっという間に終わってしまうのだろう。

そこがまた素敵なのだけど、それが儚く悲しい。

あたしも桜のように潔くなりたい。

凛として美しく散り行けるように。



左の薬指にキラリと光る指輪。

わかってる、好きになったら駄目な人だって。

でも気づいたら好きになってた。

どうしても消えない恋心。

あなたを知れば知るほど好きになる。

こんな気持ち知りたくなかった。


気付かないでって願うけど、本当は気付いて欲しいと思ってる。

私を見て?



桜が咲いて嬉しくて真っ先にあなたに知らせたかった、なんて絶対に言わない。

なんだかんだ悔しいから。

わかってる、好きなのはあたしばかりであなたはなんとも思ってないことぐらい。

片思いに浸らせてよ。

告白して友達に戻れなくなるより今のままがいい。

飽きるまでそばにいるんだから!



「今、喧嘩売ったよね?買うよ!!」

「いや…そういうつもりはないんです!僕、平和主義ななので」

慌てて取り繕ってるけど地雷踏んだのに気づいてます?

だけどなんだかおもしろくなって思わず笑ってしまう。

「二束三文で買うからねっ!」

怒った口調で言っても笑いが隠し切れない。



子供の頃はなんにでもなれると思っていた。

年齢を重ねるごとにどんどん窮屈で息苦しくなった。

あの頃は大魔法使いにだってなれるし、月のうさぎと一緒に餅つき大会出来ると信じてたのに、急き立てられるように日々に追われ空っぽになっていた。

そんな私に桜の下で見覚えのある少女が手を振る。



「あたしがいなくなったら、君はただのゴミにされるのかな…」

ギュッと抱きしめる。

やわらかくて温かくて、君の存在がとても愛おしい。

「生きる意味なんてないけど、君のために生きることにする」

物言わぬ君は腕の中でつぶらな瞳で見つめている。

不安な夜も泣きたいときも君だけは側にいて。



あなたを不幸にしてしまうぐらいなら、そっと消えてしまったほうがいいのかもしれない。

私という存在があなたに影を落とすなら、どれだけ側にいたいと願っていてもあなたを不幸にしてしまうから。

私さえいなければ何度思ったことだろう。

桜の花が散る頃に静かに消えてしまおうか。

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