第11話 タイトルのないお話(8)
真っ暗闇の中を一人でとぼとぼと歩いている。
心細くて怖くて泣きそうになっていたら誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「どこ?どこにいるの?」
声の聞こえる方へ手を伸ばして駆け出す。
「ここだよ」
温かな手が差し伸べた手を掴んだところで目が覚めた。
腕の中で優しく微笑んでる君がいた。
「せんせー。どうして人を好きになるんですか?」
放課後の補習が終わった2人だけの教室で質問する。
「なかなか哲学的なことを質問するね。欲求や感情から誰かを好きになると言っても君は納得しないんだろうね」
そう言って先生は少し困ったように笑う。だから先生のことが好きなのだ。
歌を口ずさみながら傘を差さずに雨の中を歩く。
こぼれ落ちる涙を雨に隠して。
涙もこの胸の痛みもあなたの笑顔も温もりも、すべて雨に流れて消えたらいいのに。
今だけはこの雨に濡れていたい。
風邪ひいて寝込んだら、全部どうでもよくならないかな。
「好かれるようなこと何もしてないんだけどなぁ」ボソッと呟く。
「なんでそんなに自信ないんですか」鋭いツッコミが返ってくる、聞こえてると思わなかったのにな。
「自己肯定感が低いのと嫌われるのに慣れすぎてるの」投げ捨てるように言う。
呆れたような怒ったような声の君があたしの名を呼んだ。
心の中の同居人がひょっこり今日も顔を出す。
あたしがネガティブなことを考えるとひょっこり現れて叱る。
叱るばかりで褒めてくれたことがない、褒めてくれてもいいのに。
心の中の同居人は今日も静かに心の片隅にいて、あたしのことを優しく見守ってくれている。
たまには褒めて欲しいなぁ…。
君が桜の写真を送ってくれた。
「こちらの桜が咲くころは東京は葉桜なんだろうね」
君との距離を少し寂しく思う。
別々の場所で同じものを見て綺麗と思う、その瞬間がとても愛おしい。
「近くならすぐに君に会いに行くのに」
心の中でそっと呟いて、桜の写真を見つめる。
こちらの桜までまだ遠い。
窓を開けたら少し冷たい春の風が吹き込んでくる。
少しだけ眠たい瞼をシャキッとさせて、重たい気持ちを遠くへと運んでいく。
好きな洋服を着てお気に入りのカバンをもって、君のいない町を颯爽と歩く。
淋しくないって言ったら嘘になるけど、もう大丈夫だよ。
「二人で空に思い出を刻もう」
そう言って二人並んで影送りをした。
スマホで簡単に写真は撮れるけど、あえてそれを選ばなかった。
記憶にだけ残しておきたいんだと彼女は笑った。
空にくっきりと浮かぶ二つの白い影を胸に焼き付けて、それぞれの旅路を行く。
いつかの約束を空に刻み付けて。
ずっとあなたの綺麗な髪に憧れていた。
すらりとした後ろ姿も真面目なところも全部大好きだった。
ずっとあなたになりたかった。
ずっとあなたが好きでした。
春風に揺れる制服のリボンは一生の宝物。
きっと忘れない。
あなたの手の温もりを。
零れる涙は卒業式のせいにして、あともう少しだけ。
淋しいとき、君をギュッと抱きしめる。
普段は穏やかな顔なのに、今は少し心配そう。
君は何も言わないけれどそっと寄り添ってくれる。
たくさんの時が流れて、薄汚れてくたくたになったけど少し誇らしげで。
だけどあの頃よりもずっと幸せそうな顔の君をそっと撫でた。
サラサラと音を立てて崩れ落ちる。
わかってるはずなのに、わかってたはずなのに。
このまま、泡沫になって消えてしまいたい。
誰にも気づかれぬように、跡も残さず静かに綺麗に…。
物言わずこの世から消えてしまいたい。
涙ももう尽きた。
溢れる想いとともに泡のように静かに…。
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