第10話 タイトルのないお話(7)


別れの言葉もないままに「さよなら」を迎えてしまうこともあるけど、きっとまたどこかで逢えると信じているから笑っていられる。

前触れもないさよならは悲しいけど、でもまた逢えるはずだから寂しくはないよ。

だからどうかあなたは幸せに笑っていて欲しい。



大切な人と出会って、たくさんみっともないところも情けないところも見せたけど、あたしは変われたと思う。

人を心から愛する苦しさと喜びを知ることができた。ほんの少ししだけ、強くなったように感じる。

別れと出会いを繰り返してあたしは変わっていく。生きるために。




しんしんと雪が降る夜。

温かなココアを入れてカーディガンを羽織って外に出る。

息も湯気も真っ暗な夜に溶けていく。

寒いけどちょっとだけ贅沢で甘い1人時間。

誰もいない、音もない静かな夜。

カップの中にひとひらの雪が落ちて溶けるみたいに、このやわらかな世界に溶けてしまいたい。



下戸な母が旅先で飲んだという、綺麗な色のお酒の話を聞いて、羨ましがった私に微笑みながら母が言った。

「あなたが成人したら一緒に飲みましょう」

成人式のために実家に帰ったとき、約束したからと母がそのお酒を用意して待っていた。

「綺麗な色だね」私が言うと母が嬉しそうに微笑んだ。



「淋しい」と打ちかけて「寒いですね、まだまだ春は遠いですね。風邪をひかないようにご自愛ください」と打ち直してLINEを送信した。

「淋しい」なんて言ったら迷惑になりそうで怖くて言えなかった。

一緒にいて楽しい、いつも明るい人だって思っていて欲しいから本音を飲み込んだ。



突然溢れ出した涙を君は黙って受け止めてくれた。

何を言うわけでなく、涙が止まっても君はそのまま側にいてくれた。

優しい言葉よりそのぬくもりが嬉しかった。

いつも穏やかな顔で物言わぬ君だけど、穏やかな表情を向けてくれる。

君がもし動けたら、涙をぬぐってくれたのかな…?



「あのさ、妹は駆け込み寺ではないんだけど?」

兄に告げる。

「悪いとは思ってるよ」

「貸し1つでいいよ。あたしは高い女だからね?」

意地の悪い笑みを浮かべる。さて、兄には何をしてもらおうかな。


悩みの種は好きな人。

必死で好きな人を守ろうとしている、そんな兄の妹でよかった。



「はい、こちら春野お悩み相談所です」

「あの…実は好きな人がで…」

「あ、すみません、本日の営業は終了しました」

「え?」

「24時間対応しておりません、申し訳ございません」


プツン。通話を切った。


「こっちも仕事だから!さ、残業回避したし美味しいものでも食べに行こ」



柔らかな風が頬をなでて通り過ぎていく。

寒さが緩んで、木の芽が膨らみ始めてゆっくりと春色に染まる。

「君は元気でいますか?」空に向かって問いかける。

遠くに住む君に会いたくても会えなくて、君への想いだけが募って春色に色づいていく。


「大好きだよ」

小さく呟いた声が風にかき消された。



返信が返ってくると嬉しくなる。

返信がないと悲しくなる。

わがままなのはわかっているけど、あなたが恋しくなる。

叶わない片想い。


関係が壊れてしまうよりずっと友達のままがいい。

あなたのことがとても大切だから。

あなただから大好き、だからこのままがいい。

側にいられるなら。



「片想いって一番幸せだと思わない?」

「えー。両想いのほうがいいじゃん」

不思議そうな顔で問い返される。

「だって別れたら友達にも戻れないんだよ。0じゃなくてマイナスじゃん。大切な人なら離れたくないよ」


そういって、目を軽く閉じて絵本の人魚姫を思い浮かべた。



気持ちを隠すのをやめた。

全部知られてるなら今更隠しても無意味だと思う。

いろいろ筒抜けすぎて恥もへったくれもない。

だったら気持ちを全部晒して信じてもらえたらいいなって思うようになった。

ありのままを見せて、ありのままの自分を好きになってもらえたら素敵だよね。


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