第7話 タイトルのないお話(4)

「玉子焼き食べるの?」

「うん、食べる〜。甘いの!」

実家に帰るたびに母にねだる甘い卵焼き。

どうやって甘えていいのかわからないあたしの控えめな甘さの玉子焼きみたいなわがまま。

もっとわがまま言って困らせたり、甘えたりしたいけど方法がわからないから玉子焼きぐらい許されるよね?



眠れぬ夜に貴方の事を思い出す。

だけど声も話し方すらもう思い出すことができない。

温もりも小さな癖さえももう。

少しずつ消えていく貴方という存在。

泣くことも忘れたあたしにくれた優しさや言葉は今も昨日のことのように鮮やかに覚えているのに。

氷の魔法で凍らせてしまいたい。



大きく苦い溜息をつく。

別れを告げられたのはこちらなのに、なぜ必要以上に気を遣わねばならぬのだろう。

すれ違うこともなければお互い幸せなのに。

苦い気持ちを誤魔化すかのように飴を舐めるけど、飴ぐらいで胸の奥の苦さはごまかせないようだ。

大きく溜息をついた。




寄せられて泥で汚れた雪みたいな哀しみ。

あんなにきれいな想いだったのに、今は見る影もなくただ侘しい。

汚れた雪の上に深々と雪が降り積もる、まるで汚れをなかったことにするかのように、何事もなかったかのように白に染めていく。

その白さは見るものを物悲しい気持ちにさせる。



「桃缶食べたいな」

ぽつりと呟く。

体温計は見なかったことにしたい数字をたたき出している。

「持ってきてあげるからおとなしく寝てなさい」

そう言っておでこに冷えピタを張って部屋を後にする友人の後ろ姿に遠い故郷の母が重なって見えた。

「会いたいな」

ぼんやりと天井を見つめる。




「たまごサンドが食べたい、食べれそうな気がする」

冷蔵庫から卵を取り出して茹でる。

いつもと同じ手順で無意識に作っていたけども、実際はいつもの半分も食べれなくて落胆する。

「これ、どうしよう。もう食べたくないけど食べてくれる人いないし」

途方に暮れて冷蔵庫を見つめた。




「ほだされてくれない」そう言ってほっぺを膨らませる。

どうも自分史上かわいこぶりっ子をしていたようだ。

「これが他のことならまだしも、いちごは絶対ダメ!あたしの目の黒いうちは絶対ない!!」

そう言ってあたしは最後に残していたいちごを頬張る。

ああ…おいしいなぁ。




のんびりした話し方のほわっと優しい彼女の声が脳裏に蘇る。

もう何年前のことだっけ?

彼女とは時々話す仲ではあるけど、あんなに必死な彼女は珍しかった。

とてもおいしかったらしい、そのケーキのことを必死で話す彼女はとてもかわいらしかった。

久しぶりに彼女の声が聞きたいな。




「告白ハラスメントしたかもしれない」

そんなものがあるらしいと知って一人顔を青くする。

きっとあの人なら笑ってくれそうだけど。

見込みがないと告白したらハラスメントになるなんて、なんて生きづらい世の中になったんだろう…。

片想いをすることすら許されないなんて、世知辛い世の中だな。




人間関係断捨離されて2ヶ月。

ただ幸せであれと願うけど、モヤモヤしたものは心のなかに残るからため息が漏れる。

もう今年も終わるし、気持ちの切り替えしようと思っても簡単にできるなら断捨離していった側みたいにさっぱりしてるんだろうな。

簡単に過ごした日々はリセット出来ない。



初売りも行く気にならないし、毎年似たようなお正月番組も飽き飽きして暇を持て余す。

ぬいぐるみを抱えて布団でゴロゴロする。

腕の中でニコニコしてるぬいぐるみに癒されながら、夢うつつに微睡む。

カーテンの隙間から冬の日差しが柔らかく差し込んで、眩しさに布団をかぶる。



チーンとトースターが鳴る。

いそいそと台所に向かうと焼けていない切り餅。

よく見るとレンジのコンセントと差し替えしていない。

「ですよね、焼けませんよね」とつぶやきながらコンセントを差し替える。

それを見ていた彼に「まさかね、まさかだよね」とニヤニヤされる。

そのまさかだよ。



このまま冬眠するんじゃないかっていうぐらい、睡魔に負けて眠り続ける。

目が覚めるたびにぬいぐるみを抱きしめ直して、うるさい通知は全部切って昏々と眠る。

このままいつまでも眠り続けたいな…でも起きなきゃなそう思いつつ、あたたかな布団の誘惑には抗えずふわふわのぬいぐるみを抱きしめる。



真っ白な粉雪がひらひらと舞い踊るたびに蘇る遠い日の思い出。

突然、いなくなったあの人に何度も何度も電話を掛けたけど、ずっと留守番電話で繋がらなかった粉雪の舞う夜。

声が聞きたかった、いなくなるのならちゃんと別れの言葉を言って欲しかった。

冬が来るたびに思い出す切ない思い出。


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