第8話ー悪友という親友

明らかにサッカー好きと言わんばかりの見た目と微妙に着崩した制服を身にまとった男は、即座に背後を取ろうとするが、もう一人の長尺で白髪の眼鏡男はそれを食い止めた。

「おい、一馬。なんで、止めるんだよ。あんな上物のネタ、逃したら損だろ」

「別に、放っておけとは言ってないだろ。もう少し間合いを見て観察したほうが面白いだろ」

 この世は常に歪だ。

 サッカー少年や野球少年のような見るからにデリカシーのかけらもない奴よりも、頭脳明晰で紳士的な見た目で対峙する男の方がよっぽど自己欲求に忠実な存在であるパターンが多い。

 おまけに、自身の持つその頭脳で、さらに状況をかき乱して対岸の火事を楽しもうとするのだから達が悪い。

「ああ、なるほど。たしかにこれは観察の方がおもろいわな」

「だろ?」

 流石の親友コンビと言ったところだろうか。

 サッカー少年は、白髪の眼鏡の考えを察知し、自身のスマートフォンでカメラを起動。

 そのまま、二人して静かに録画を開始して、観察を再開。

 そんな、いつものポーカー仲間で昔ながらの親友二人から、隠し撮りをされているとも知らず、俺はあかりとの買い物デートを楽しんでいた。

「もー、奏汰さん! お菓子とジュース買いすぎですよ」

「い…いやぁ、ほらだって、久しぶりの外なんだぜ? ちょっとくらい」

「それは、そうだと思いますけど……でもせめて、お菓子は一日一個までにしてくださいよ」「はいはい。まあ、じゃあせめて課題のお供だけでも」

「まあ、それくらいでしたら」

 デート中に浪費しようとしてしまっている彼氏を叱る彼女の光景……のように見えるかもしれないが、残念ながら、実情は単なる栄養管理を徹底する看護師とその患者の会話のそれである。

「てゆか、菓子やジュースはダメなのに、唐揚げはいいのかよ」

「大丈夫です! 鶏肉は、タンパク質が豊富ですし、油にはこのごま油を使いますから」

「ごま油?」

「はい! ごま油やオリーブオイルは普通のサラダオイルに比べて身体に良い成分が含まれているんですよ。それに、ごま油で揚げると香ばしくてとっても美味しいんですよ!」

 雑多な商品をかごに入れ、カラコロとカートを押して歩いてるあかりが俺の前で軽やかに歩いて、自分の作る料理を嬉々として俺に話しかけてくれる。

 そして、俺の目に映りこむあかりの後ろ姿。

 たくし上げた髪の奥から見える上品で無防備なうなじ。

 

≪奏汰ぁ! 今日の夕飯はハンバーグにするからねぇ。あ! ほらあ、またそんなにドクペ買おうとしてぇ! 好きだねえ≫


 そういえば、千谷も買い物に付き合ったらこんな感じだったな。

 小さい頃、外に出ればウキウキの気持ちを身体中で表現しながら買い物を楽しんでいたっけ。

 ……やっぱり、姉妹ということなのかな。

 

 なんだか、懐かしいな。

 そう。

 人が懐古する時というものはいつだって、惚けてしまい、周りが見えなくなってしまうものだ。

 それこそ、後ろから白髪眼鏡とサッカー少年がカメラを持って近づいていること等、知る由も無い。

「お兄さぁん。こちら、不純異性交遊を楽しむ店ではございませんでしてねえ」

「……は?! りゅっ琉璃?!」

「ありゃりゃぁ、まあ、琉にしては我慢できたほうかな」

「って、一馬も居たのかよ」

 少し頭を抱えながら、短気でせっかちな琉璃が少しでも持ちこたえることができたことに感心している一馬は、スマートフォンでこちら側にカメラを向けながら近づいてくる。

「おっおまえら、どうしてここに……?」

「いやいやあ、お兄さん。それは、俺達側の質問なのだよ」

「そうだよ、かな。いつの間に、退院したんだい」

 後ろから肩を組んで脅しをかけてくる琉璃よりも、俳優顔負けの演技で、悪意を善意の顔で隠しながら近づいてくる一馬のほうがよっぽど恐ろしい。

「お二人は、奏汰さんのご友人ですか?」

 この状況でも何も臆することなく、呑気に二人に話しかけることができるあかりは、本当に最強だと思う。

「あ、え! あ、城崎さんが……俺に……?!」

「はあ、全く、今朝あんなに、話しかけられて絆創膏貰ったって自慢してたくせに……ごめんね城崎さん、僕も琉も久しぶりにかなに会えて舞い上がっちゃったんだ」

 先程まで、俺に悪意むき出しでカメラを向けていた癖に、人畜無害のように見せる笑顔で琉璃のフォローに入る一馬は、本当に最恐だと思う。

「と……ところで、城崎さんが買い物なんて珍しいですね。どうして、奏汰なんかと一緒に?」

「実は奏汰さんは、私と同伴の条件付きで一時退院が認められたんですよ」

「あぁ、なるほど、そうだったんですね。それで、奏汰”さん”と買い物に来たんですねえ」

 琉璃の腕が徐々に俺の首の締め付けを強くなりつつあるのが、首の根元から感じ取れる。

「でも、良かったじゃん。奏、一時的とは言え退院できたんだね。あ、そうだ。どうかな、久しぶりに会えたんだし、退院祝いということで一緒にご飯でも」

「はあ?! おまっ、そんな急に……」

「いいじゃないか、かな。半年ぶりの親友との再会なんだ。どうせなら夕飯でもごちそうさせてくれないかい?」

 この野郎。

 スマートフォンをちらつかせながらの笑顔で……

 最早、脅迫として訴える事ができるのではないだろうか。

「退院祝いですか。とても、楽しそうですね! じゃあ、唐揚げももう少し買い足さないとですね」

「ふへっ? もしかして、城崎さんが料理を……?」

「はい。そうですよ。お口に合うかはわかりませんが」

 口に手を近づけながら、笑みを魅せるその姿はまさに淑女の鏡といったところだろうか。

 しかし……

 そんな子の手料理を独り占めできる環境にあることを知ったこの万年彼女募集中のサッカー少年の眼には、怨恨の炎が燃え盛っているように見えた。

 

 ——親友は、選ぶべきだったかもなあ。

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