正体バレたら人生終了!? 陰キャのゲームオタクが「バ美肉VTuber」になってダンジョン配信を始めたら世界中のアイドルになった件

はむかつ

第1話 画面の中の少女

 ──もし、この配信で“正体”がバレたら。

 その瞬間、人生が終わる。


「こんルミ~☆  みんなの心にきらめく月光、ルミナだよっ!」


  □:待ってたァァァァァァァ!!!!! 

  □:ルミナ光臨!!!!配信始まっただけで泣きそうなんだが 

  □:やばい今日もルミナ天使すぎて尊死


 モニターの中では、魔法少女風の3Dアバター──。

 白とピンクのドレスを纏った『天乃瀬ルミナ』が、今日も完璧な笑顔を振りまいている。


「え、うそ! ちょっと待って……もう行きそうかも──」


 Ytubeのチャンネル登録者数が凄い勢いで上がっていく。

 ルミナは笑顔を貼り付けたまま、内心で叫んでいた。

 心拍数が、配信開始前の倍近くに跳ね上がっている。


  □:うおおお、キタキタキタ!!

  □:あと少し!あと少し!

  □:歴史的瞬間がくるぞぉぉぉ!


 そして次の瞬間、画面いっぱいに弾けるエフェクトと、爆発するようなコメント欄。

 世界中の視聴者が同時に歓声を上げている──そんな錯覚すら覚える光景だった。


「登録者数、ついに500万人突破ぁぁぁ!!」


  □:新人Vが伝説更新!!!!!

  □:神配信確定キタコレww


 流れていく文字列が現実味を失わせる。

 ──いや、違う、これは確かに現実だ。

 私は今、世界で最も注目されているVTuberとして、“完璧な演技”を続けている。


 だが、この輝かしいステージの裏側で、私はずっと“恐怖”を抱えていた。


 (頼むから……気づかないで)


 ほんの些細なミス。

 言葉遣い。

 反応速度。

 あるいは、偶然出る癖。


 例えばくしゃみや咳払いに違和感を覚えられたら……。

 それだけで、この舞台は崩壊する。


「あ、ね、ね、先週のダンジョン配信、見てくれた人いる? 今度、同じ階層のリベンジ生配信するからね、また応援してね!」


 ──この配信の同時接続数は41万人を超えていた。

 今やこの業界で知らないものはいないであろう、脅威の新人VTuber『天乃瀬ルミナ』。


 しかし彼女には誰にも言えない大きな秘密があった。

 正体がバレたら即引退、どころか人生終了まであり得る大きな秘密が──。



 ◆第1話 画面の中の少女◆



 昼休みの教室は、いつも通り騒がしかった。


 弁当箱のふたを開ける音、購買のパンを奪い合う声、スマホの動画を見せ合って笑う男子たち。

 俺──白石悠真は、そのどれにも混ざらず、自分の席で一人、コンビニのおにぎりを頬張っていた。


「なぁ、昨日さ、従兄にダンジョン連れてってもらったんだけどさ」


 すぐ後ろの席から、やたら声の大きい男子の話が聞こえてくる。


「マジ? スゲーなお前! 怖くなかったのかよ」

「いや、やばかったぞ。魔物とか普通にリアルで。でも余裕で倒したけどな」


 一斉に「うおー」「すげー」と声が上がる。

 女子の視線も、そっちに集まっていた。


(……またダンジョンの話か)


 最近、学校ではダンジョンの話題がやたら多い。

 5年前に突如、渋谷の街中に現れたダンジョン──通称『渋ダン』は、自衛隊と国際機関『DARCSダークス』が管理する新しい渋谷のランドマークだ。

 中はあまりにも広大で、探索者有志が長年潜っているが、いまだ全貌は解明できていない。


「よぉ白石、お前もダンジョン入ったって言ってなかったか?」


 唐突に名前を呼ばれて、思わず顔を上げた。

 声の主は、さっきからダンジョン自慢をしていた男子だった。

 周りの視線が、一斉にこちらを向く。


「え、いや、俺は……」

「ダンジョン仲間なら話に加われよ」


 一瞬、ダンジョンに入っていく兄の顔が浮かんだ。

 クラスの誰かがクスクスと笑う。


「いや、こいつはネットゲームの話だろ? なんてったって“ゲームオタク”様だからな」


 笑い声が広がった。

 胸の奥が、きゅっと縮む。


「そうだっけ? まぁお前には『渋ダン』は無理か。第1階層でスライムに殺されるのがオチだな」

「わはは、違いねぇ」


 反論しようとして、言葉が出なかった。

 否定できる材料が、何一つないからだ。


「……悪かったな」


 それだけ言って、俺は視線を落とした。

 ゲームの知識や腕前なら誰にも負けないのに。

 それ以上、誰も何も言ってこなかったのが、逆に惨めだった。


 ──キーンコーンカーンコーン


 放課後のチャイムが鳴ると同時に、俺は鞄を持って教室を飛び出した。

 この教室に俺の居場所はない。

 俺の居場所は……主にゲームの世界だけだった。


 いつもなら一目散に家に帰り、ゲームの世界にログインするのが日課だが、今日は違った。ここ1年以上一緒に遊んでいるネットゲーム仲間のKARUかると、今日始めて顔を合わせるのだ。


 『少し話したいことがあるんだけど、直接会うのは無理かな?』


 昨日のログアウト直前、唐突に誘われた時は正直驚いた。

 今までゲーム内で知り合った人に会ったことはない。

 でもゲーム攻略の話で激論を交わしたKARUかるには、素直に会ってみたいと思った。


「ねぇ、ちょっと……」


 待ち合わせ場所に着いた途端、後ろから声を掛けられ、ビクッと身体が反応してしまった。

 恐る恐る後ろを振り返る。


「あなた、もしかしてユーマイトさん?」

「は、はい、そう……ですけど……」


 そこに居たのは、俺よりも身長が高い、長い黒髪を揺らした美人のお姉さんだった。


「え? え? もしかして……KARUかる……さん?」

「そうよ、来てくれてありがとう!」


 KARUかるは俺の手を握ってぶんぶんと振った。


「あなたの話す内容に興味があって、どうしても実際に会ってみたかったの!」

「は、はぁ、そうですか……」

「まぁ詳しい話はコーヒーでも飲みながらしましょ。行きつけの良い店があるの」


 KARUかるは驚いて固まっていた俺の手を引いて、渋谷の街中を歩きだした。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「率直に言うわね、あなたに私の会社を手伝ってほしいの」


 渋谷駅から少し離れた雰囲気の良いカフェで、頼んだコーヒーが来る前にKARUかるがそう言った。


「あ、申し遅れたわ、私、ダンジョン関連会社を経営している『灰原はいばらかおる子』よ」

「は、はぁ……」

「フフ、どうしたのよ、ゲームの中ではあんなに熱い議論を交わしてきた仲じゃない」

「いえ、ちょっと情報が多すぎて、少し混乱してて……」


 ずっと男だと思っていたKARUかるがこんなに美しい女性だったというだけで既に委縮しているのに、会社の社長で、更に俺をスカウトしてる?


「あら、ごめんなさい、すぐに結果を求めるのは私の悪い癖だわ」

「いえ、で、会社を手伝うっていうのは……?」

「さっきも言ったけど、ダンジョンに関わる事業をしているのよ。ユーマイトってやけに『渋ダン』に詳しいじゃない?」


 俺はゲームの中で調子に乗って『渋ダン』の情報を彼女に伝えていたことを思い出した。ゲーム内ダンジョンと『渋ダン』を重ねて、攻略方法の議論を熱く交わしたんだった。


「で、あなたのお兄さんが『DARCSダークス』の社員で、『渋ダン』に何度も入ってるって話だったわね」

「そ、そんなことまで言ってました……?」

「ええ、それであなたに興味を持ったんだもの」


 調子に乗って話したことを少し後悔した。

 兄からは『渋ダン』の内部情報を事細かに聞いている。

 現在、人類が辿り着いたのは第5階層まで、Sクラスパーティをもってしてもその先へ進めていない。

 各階層の詳細やクリア条件など、一般の人は知らない秘匿情報ばかりだ。


「それでね、我が社であなたにやってもらいたいことは一つ。ダンジョン攻略動画を撮って世間に広めることよ!」

「……は? 動画?」


 予想外の言葉に頭が追い付かない。


「えーと、それは……ダンジョン配信ってやつですか?」

「そうね、あなたもYtubeとかで見たことあるでしょ? 最初の階層で弱い魔獣相手にわちゃわちゃしている素人動画を」

「ええ、まぁ……」

「今Ytuberの動画じゃ行ってもせいぜい第2階層止まりでしょ? あなたならその先の階層もいけると思って」


 かおる子はしれっと言った。

 まるでダンジョン攻略なんて余裕でしょ?と言わんばかりに。


「で、でも俺、あんま目立ちたくなくて……学校でもいじめられたくないから、なるべく存在感を消してるくらいで……」

「身バレしたくないってこと? それなら大丈夫よ、3Dアバターを用意しているから。要はVtuberのダンジョン生配信ね」


 Vtuberでダンジョン生配信をやっているチャンネルがあるのは知っていた。

 『DARCSダークス』謹製のマーカーを身体に取り付け、専用ドローンで撮影すると360度、3Dアバターに置き換わる最新技術が使われている。


 俺は唾をごくりと飲んだ。


「お、俺なんかに……ダンジョン攻略……出来るんでしょうか」

「大丈夫よ。私たちの組織がついてるからね」

「でも、体育の成績は普通ですよ?」

「そんなのどうとでもなるわよ」


 かおる子はテーブルに置かれたコーヒーをすすりながら、事も無げに言った。

 『渋ダン』に入れるかもしれない。

 俺の鼓動はさっきからずっと高まったままだ。


 唐突に最後に会った時の兄の言葉を思いだす。


 『明日から行くのはまだ誰も見たことのない第6階層だ。誰よりも早くダンジョンを攻略して、お前に自慢してやるからな』


 そう言った次の日から、兄とは連絡を取っていない。

 あの日から俺は、兄の自慢話をずっと待っている。

 日に日に『渋ダン』への執着が強まっていくのを感じながら。


「我々の組織があなたを完全バックアップするわ。大船に乗ったつもりでいなさい」


 かおる子がニコッと微笑んだ。


 兄のことだ、今も軽快にダンジョン攻略を楽しんでいるんだろう。

 弟の俺に自慢する約束を忘れやがって……こうなったら自ら兄のもとへ自慢話を聞きに行くしかないな。


「わかりました、よろしくお願いします」

「ホント!? やったぁ! これで我が社も業績アップ間違いなしね!」


 両手を小さくぶんぶん振りながら、かおる子は子どものように喜んだ。


「そうだ! この先にうちの会社があるのよ、せっかくだし、あなた専用のアバターを見ていかない?」

「あ、はい……」


 かおる子の怒涛の押しに流されるように、俺は彼女が経営する会社へお邪魔することになった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「はい、ここがわが社のオフィスよ」

 

 都内、南麻布の一角に建つそれなりに新しいビルに、彼女の会社はあった。

 入口にデカデカと書かれている『STELLAステラ Innovationsイノベーションズ』のロゴがカッコよくもあり、怪しくもある。

 彼女に率いられるまま、奥の部屋に通された俺はその広々とした空間に驚いた。

 

「凄い、撮影スタジオって感じですね」

「"感じ"じゃなくて、撮影スタジオなのよ」

 

 奥の壁には緑色の布が一面に掛けられ、スタジオ全体を囲むようにモーションキャプチャー用のカメラが全ての壁に等間隔で設置されている。

 そして部屋の隅には高そうな撮影機材一式が仰々しく置かれていた。

 

「実は配信事業に参入しようと思って用意した部屋なんだけど、予定が狂ってね、しばらく放置していたの。あなたのおかげでやっと事業が進められるわ。ありがとう」

「いえ、こちらこそ……」

 

 俺は嬉しそうに部屋でくるくる回る彼女に礼を言った。

 

「今アバターの準備をするわね、ちょっと待ってて」


 そう言うや否や、かおる子は部屋の隅にある機材に次々と電源を入れていった。

 ブゥンと機械音がして、壁際にある巨大モニターに電源が入る。

 そして台上の小型のジェラルミンケースの中からマーカーを取り出し、俺の身体に付けていく。

 勝手がわからない俺はなすがままになっていた。

 

「よし、準備完了っと。今あなた専用の3Dアバターを表示させるわよ」

 

 そう言ってパソコンをカタカタしだした。

 緊張していた俺は、少しでも感じを出そうと生配信のイメージを頭の中で描いてみる。


 ──ここは薄暗いダンジョンの中。

 モンスターが現れて、最初の一撃をかわした俺は、腰から短剣を抜いてモンスターを一刀両断にする。更に後ろから攻撃してきたモンスターは横に転がり、地面を滑りながら手に持った銃で蜂の巣にした。

 気分はインディジョーンズか、はたまた007のジェームズボンドか。

 

「よし、出来たわ。モニターに出すわね」

 

 彼女の言葉に手に持った架空の銃から出る煙をフッと吹きながら、俺はモニターを見た。そこに映っていたのは、右手を口の前に持っていき、斜に構えた可愛らしい少女の姿だった。

 

「……?」

 

 俺は試しに右手に持った架空の銃をモニターに向けた。

 モニターの中の少女も何も持たない手を前方に差し出す。

 

「?????」

 

 俺は何も考えずにその場でぴょんぴょん飛び跳ねたり、意味もなくラジオ体操を踊ったりした。

 モニターの中の少女も全く同じ動きをしている。

 

「おぉ、いい感じじゃん!」

 

 モニターを覗き込んだかおる子が嬉しそうに言った。

 

「ちょ、ちょっと! これ女の子じゃないですか!!」

 

 かおる子は、すべてを理解している顔でニッコリと笑った。

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