才能【皆無】と虐げられた俺、実はSSS級魔術師なのを隠して学園の底辺にいたら、エリート美少女たちが俺の『本当の力』に気づいてしまいドロ沼の争奪戦が始まった

境界セン

第1話

「おい見ろよ、Fクラスのゴミだ」


「魔力も無いのに、よく学園に来られるよな」


「親の金か? ああ、平民だったか。じゃあ、奇跡だな。憐れな奇跡だ」


廊下の真ん中で、これみよがしな声が突き刺さる。

見慣れた光景。聞き慣れた嘲笑。


「……」


俺は何も言わず、ただ俯いて、足早に通り過ぎようとする。

関わっても、ろくなことにならない。

ここはヴァーミリオン魔術学園。エリートを育成するための、才能が全ての場所。

そして俺、リオは、その最底辺。


魔力測定で針一つ動かせなかった、『無能』だ。


「おい、無視かよ、リオ」


腕を掴まれ、ぐいと引き戻される。

目の前には、Aクラスの制服をこれでもかと着崩したカイン・ヴァルザー。有力伯爵家の嫡男で、炎の魔術を得意とする学園の有名人。


「……何か用か、カイン」


「用があんのはこっちだ。てめぇ、さっきエリザ様のこと見てただろ」


「見てない」


「嘘つけ。その腐った目で、気安くエリザ様を捉えるんじゃねぇよ」


エリザ。

エリザ・フォン・アストレア。

この学園の生徒会長にして、公爵家のご令嬢。誰もが憧れる、完璧な存在。

彼女が廊下を歩くだけで、空気が華やぐ。


そんな彼女を、見ていないはずがない。

でも、それを認めるのは馬鹿のすることだ。


「離してくれ。授業に遅れる」


「ああ? てめぇみたいな無能が授業受けたって、意味ねぇだろ!」


カインの手に、じり、と熱が籠る。

制服越しに、肌が焼けるような感覚。

こいつ、学園内で魔術を使う気か。


「やめなよ、カイン」


不意に、鈴を転がすような、しかし凛とした声が響いた。

その場の全員の動きが、ぴたりと止まる。


「エリザ……様……」


カインが、焦ったように俺の腕を離した。

振り返った先に立っていたのは、プラチナブロンドの髪を揺らし、翡翠のような瞳でこちらを真っ直ぐに見つめる、生徒会長その人だった。


「み、見間違いです! 俺はこいつに、学園のルールを教えてやっていただけで……」


「そう。私には、弱い者いじめにしか見えなかったけれど」


冷たい声。

カインの顔が青ざめていく。


「……申し訳、ありませんでした!」


カインとその取り巻きは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

残されたのは、俺と、彼女と、遠巻きにひそひそと囁き合う野次馬たちの声。


「……大丈夫?」


「あ……はい。ありがとうございます、アストレア会長」


思わず、他人行儀な言葉が出る。

助けられたのは事実だが、目立ちたくはなかった。


「気にしないで。……あなた、名前は」


「リオ、です。Fクラスの」


「そう、リオ……」


エリザは何かを考えるように、俺の顔をじっと見つめる。

その視線に耐えられなくて、俯いた。


「会長のような方に、お時間を使わせてしまって、すみません。俺はこれで」


「待って」


短い言葉が、俺の足を縫い付ける。


「……あなた、本当に魔力がないの?」


「……え?」


「さっき、カインが魔術を使おうとした瞬間、あなたの周りの空気が、ほんの少しだけ、揺れた気がしたわ」


心臓が、どくん、と大きく跳ねた。

背中に、嫌な汗が伝う。


まさか。

気づかれるはずがない。

俺は、この身に宿る莫大な魔力を、何重にもなった封印術式で完璧に隠しているはずだ。

それは、かつて俺が『ゼロ』と呼ばれていた頃に、自分自身にかけた呪い。


「……気のせい、だと思います。俺は、無能ですから」


「……そう」


彼女はそれ以上、何も言わなかった。

ただ、その翡翠の瞳の奥に、探るような光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。



放課後。

俺はいつも通り、旧校舎裏にある、誰も寄り付かない中庭に来ていた。


「……危なかった」


独りごちて、大きく息を吐く。

あの時、カインの魔力に反応して、無意識に防御障壁を展開しかけていた。

寸前で抑えたが、エリザほどの魔術師なら、その残滓を感じ取ったのかもしれない。


「平穏な生活がしたいだけなんだがな……」


俺は、かつて大陸を半分更地にした大戦で、一人の魔術師として生きていた。

『ゼロ』。

そう呼ばれ、敵からも味方からも恐れられた。

多くのものを破壊し、多くの命を奪った。

その償いとして、俺は自分の全てを封印し、名もなき平民として、静かに生きることを選んだんだ。


この学園に入ったのも、魔術の気配がそこら中に溢れていて、俺の存在をカモフラージュしやすいと思ったから。

それなのに。


「……少し、鈍ったか」


俺は右手を、静かに前方へとかざす。

指先に、意識を集中させる。


脳内で、複雑怪奇な術式を構築していく。

世界の理そのものを書き換える、神の領域の魔術。


――第三階梯魔術〈サイレント・ヴォイド〉。


俺の指先から放たれたのは、音も光も無い、「無」。

空間そのものが、直径1メートルほど、綺麗に抉り取られていた。

揺らぎもなければ、衝撃もない。ただ、そこにあったものが、消滅しただけ。


もしこれを誰かが見ていたら、学園どころか、王国中が大騒ぎになるだろう。

SSS級の、伝説級の魔術。

俺は抉り取られた空間の断面にそっと触れる。

完璧な切断面だ。


「よし。腕は落ちてないな」


自己満足に浸って、魔術の痕跡を完全に消し去った、その時だった。


「……すごい」


背後から、か細い、けれどはっきりとした声が聞こえた。


全身の血が、逆流するような感覚。

振り返ると、そこにいたのは。


夕日に照らされて、頬を上気させ、大きく目を見開いてこちらを見つめる、生徒会長、エリザ・フォン・アストレアだった。


「見て……いたのか……?」


「ええ……最初から、ずっと」


彼女の翡翠の瞳が、爛々と輝いている。

それは、恐怖や驚きだけじゃない。

未知の力に対する、純粋な好奇心と――そして、狂おしいほどの、執着の色。


「今の……なに……? 教えて。あなた、一体……何者なの……?」


平穏な学園生活。

その願いが、音を立てて崩れていく予感がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る