迷い込んだのは魔法使いの隠れ家でした

蒼井美紗

第1話 王都で迷子

「ここ、どこだろう」


 ラートナド王国の田舎にある小さな村から王都へ出てきたサラは、さっそく都会の洗礼を受けていた。乗合馬車乗り場から人並みに押されて、あれよあれよという間に人気のない路地に辿り着いたのだ。


 田舎で手に入る細々とした情報を駆使して、乗合馬車乗り場のすぐ近くに職業斡旋所があることを突き止めていたサラは、そこにすら辿り着けない自分に思わず泣きそうになる。


 さらに不安な状況に追い打ちをかけるように、家族に散々脅された言葉が頭の中を駆け巡った。


『王都は治安が悪いから気をつけるんだよ』

『人気のない路地になんて行っちゃダメだ』

『人攫いがいるかもよ』

『命が危ないかもしれないわ』


 数々の言葉を思い出し、サラは半泣きになる。家族の反対を押し切って王都まで来たのだ。早々に危険な目に遭ったなんて、家族に言えるはずがない。


「村に帰ってこいって言われたら……」


 サラは村が嫌いなわけではなかった。むしろ明るくて優しい村の皆のことは好きなのだ。しかし田舎特有のプライバシーのない関係性が、控えめで恥ずかしがり屋のサラには合わなかった。


 ずっと村で過ごすことへの精神的な辛さから、無理を言って王都に出てきたのだ。


「いや、今はそんなことよりも命の心配だよね」


 そう呟いたサラは、近くの窓ガラスに映る自分を見た。どこにでもガラスがあることに感動しつつ、自分の姿に不安を覚える。


 十八歳の女性としては小柄で細身な体つきに、おしゃれさのない胸あたりまで伸ばした茶髪。服装は田舎っぽいシンプルなもの。さらに大きいと言われる瞳は不安そうに揺れていた。


 どこからどう見ても弱そうで、王都に来たばかりの田舎者だ。犯罪者からすれば、誰よりもターゲットにしやすいだろう。


 サラは肩掛けカバンの紐をグッと両手で握りしめ、ひとまず来た道を戻るために後ろを振り返った。


「最初の場所に戻らなきゃ。ちゃんと仕事を紹介してもらって住む場所も確保して、王都で一人で暮らしていけるように頑張らないと」


 必死に自分を鼓舞して足を動かすが、どう頑張っても大通りに戻れなかった。もうどの道を歩いてきたのかさえ定かではない。


 このまま王都の街中で行き倒れる可能性はあるのだろうか。そんな不安がサラの脳裏をよぎった時、目の前におしゃれなカフェの入り口が見えた。


 さっきまでは入りづらい住宅ばかりだったので、サラにとっては救世主のように思える。


「あのカフェで職業斡旋所の場所を聞こう」


 声に出して決意を固める。財布の中にある必死に貯めたお金を思い返して、高級店じゃありませんようにと祈りながら、サラはドアノブに手をかけた。


 カランカラン――。


 軽やかな鐘の音が鳴り、カフェの扉が開く。木製の扉の先に広がっていたのは、テーブル席が三つにカウンターがある小さなカフェだった。


 しかし奇妙なことに、客はおろか店員さえいない。


「こ、こんにちは〜」


 勇気を振り絞って声をかけるが、なんの反応もなかった。


(もしかして、閉店中だった?)


 慌てたサラはカフェの扉を見返すが、そこにはオープンの文字が掲げられている。王都のカフェは入り方にも難しい決まりがあるのだろうか。


 そんな不安に苛まれていると、カウンターの奥にあった扉がガチャっと開かれた。そして顔を出したのは……思わず目を奪われるような、中性的で美人な男性だ。年は二十代中頃に見える。


 紺色の髪をおしゃれなボブヘアにしていて、両耳に大きめのピアスが付いている。服装も派手で、田舎には絶対にいないような男性だった。


「あれ、君は誰? ここは隠れ家にしてたはずなんだけど」


 不思議そうに首を傾げてそう聞かれ、サラは一気に慌てた。


「あ、あの、カフェだと思って……入っちゃいけませんでしたか? 本当にごめんなさい!」


 ガバッと勢いよく頭を下げて謝ったサラに、男性は長い足ですぐに近づいてくる。そしてサラの肩を持つと顔を上げさせた。


「君、魔法使いだよね? 僕が顔を知らないってことは新しい魔法使い? でも魔法教会から連絡来てなかった気がするし……あれ? そもそも君の魔力、他の魔力で鍵をされてるね」


 サラにとってはまったく意味がわからない言葉が続き、ただ混乱するしかできない。そんな中で男性は一人で納得したり首を傾げたりしていた。


「魔法使いならここに入れたことも納得だけど、君の存在が不思議だ。あ、名前は? それから年齢も」

「サ、サラ、十八歳です」

「十八か。それなら魔力を有してれば、もう魔法は発現してないとおかしい年齢だね。でも魔法について分かってなさそうだし、やっぱりこの鍵によってまだ発現してない? このままでも自然と数年後には発現するだろうけど、せっかくの縁だから――ねぇサラ、君の魔法を発現させてもいい?」


 にっこりと親しみのこもった笑みでそう聞かれ、サラは混乱から少し震えて……必死に叫んだ。


「あ、あのっ、なんのことなのかさっぱり……! 私は道に迷ってしまったので、職業斡旋所の場所を聞きたいと思っていて」


 伝えたいことをなんとか述べたサラに、男性はハッとしたような表情を浮かべて告げた。


「ごめんね。色々と説明するよ。ただその前に僕はルーカス、魔法使いだよ。よろしくね」


 魔法使いとは世界中に数十人ほどいると言われている存在だが、あまりの数の少なさにお伽話の一つのように思っている者も多い。


 サラもそのうちの一人で、どこかにいるのだろうとなんとなくは思っても、その存在と関わることになるなんて微塵も思っていなかった。


 そんな魔法使いが、目の前に――。


 サラは不安からの大混乱で限界を迎え、目の前が真っ白になると共に意識を手放した。

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