ハッピーエンドを目標に

たにし

第1話 オープニング

 おれは大好きなゲームの新シリーズが嬉しかった。予約して、特典もゲットして、このために買った大画面でオープニングを正座待機していた。

 今回の画像はすごい。テレビはただの4Kのはずなのに、なぜか熱い風が吹いている。おれの頬を撫でる熱はまるで本物のようだ。あまりのリアルさに視覚情報から錯覚しているのだろう。目の前の美しい田舎の村が燃えている。空が割れ、異形のモンスターが……いてっ!


 後ろから激しい力で殴られて驚く。家にはおれ一人のはずだった……いや、相棒の雑種犬スキンブルが餌の時間を間違えたのだろうか。ゲームのために散歩も餌も済ませたんだから、邪魔をしないでほしい。


「スキンブル、やめ……だれ?」


 振り向いた先はスキンブルというにはデカくて禍々しい空気を纏ったモンスターだった。正確にはその長い毛の端が偶然掠めただけ。モンスターの視線はこちらを向いていない。攻撃だったら即死だっただろう。

 だからわかる、ゲームだ間違いない。現代日本にはこんなモンスターがいないんだから。だけど何で痛いんだ? これも錯覚?


 画面から目を離したにもかかわらず、ゲームのオープニングは止まらない。まるで夢の中に入り込んだような不思議な感覚だ。

 BGMは破壊音と悲鳴、風は熱い。チリチリと焼けるような頬と、モンスターが振り上げる二本の片腕。そう、あいつには左右に二本ずつ腕がある、胴体は哺乳類っぽいが足は昆虫みたいなのが六、こいつは初めて見るビジュアルだ。いかにも強そうで、恐怖に身体がすくみ上がる。新作はどういう仕組みなのか、リアルすぎて驚きだ。初期値のキャラクターじゃ一撃でアウトだろう。


 こんな時はチュートリアル用のお助けキャラが来るもんじゃないかな、と動けずに振り下ろされる腕を見ていた。

 衝撃は激痛とともに、の意識を殴りつけた。

 呪縛から解けたように、おれは吹っ飛ばされた先から転げて小川に落ちた。抵抗しなかったのが良かったのか、動けないほどのダメージじゃなかった。


 いくつもの死体が浮き、沈んだ小川は真っ赤に染まっている。幸か不幸かモンスターたちは死体に興味を示さず、動くものを襲っているようだった。

 おれは瞳の光を失った美女の上半身を頭にかぶり、ギリギリで足のつく小川に身を沈めて流れに任せて燃える村からゆっくりと離れることにした。

 生まれて初めて触れる女の子のおっぱいがこれだなんて、ゲームじゃなければギャン泣きしてるよ。


 小川は途中で同じような川と合流し、少しずつ広くなっていった。合流した先の川からも死体が流れてきて、どこにも安全な場所などないのだと思い知らされる。

 あまりの状況に感覚が麻痺していたのが良かったのかもしれない。流れが溜まったところには死体も溜まり、おれはようやく地上に上がった。


 たくさんの人間の身体があるのに、動いているのはおれだけだった。

 耐えきれず吐く。体力が減るから良くないとわかっていても、これは無理だ。だって触った感じは完全に人間で、生の肉で、臭いもあった。


 老人から若者から子供まで、無差別に殺されていた。この世界の弔い方がどんなものかわからないけど、ゲームのように死体が消えないんだから、水に浸かったままでは悲惨なことになる。おれは彼らをひたすら引き上げて、川岸に並べた。


 震える手で光を失った目を閉じさせ、可能な限り人として扱った。もしかしたら生きている人間がいないかと期待したのもあった。気絶しているだけということがないか、期待していた。

 だけど、みんな死んでいた。


 ゲームじゃないのかよ。おれに蘇生魔法が使えたら……蘇生魔法、使えないか?


 これはシリーズものだ。前作のデータの引き継ぎをした。おれは唯一蘇生魔法の使える白魔法使いだ!

 ダメ元でいい、やってみよう。

 おれは蘇生魔法の呪文を唱えた。

 光った!

 目覚めたのは細マッチョの正統派イケメンで強そうな若者だった。青みがかった黒の前髪が長くて、ちらりと見える瞳は金……格好いい! お前がおれのチュートリアル!?

 期待を満ちた目で見つめるおれを、そいつは無言で見つめる。


「pb@_dxjjy」


 翻訳――!

 そいつの言葉をおれは言葉として認識できなかった。魔法は通じるのに言葉は通じないとか、なんで!?

 若者は一緒に並べられていた死体たちに気づき、顔色を変えた。名前らしきものを呟いて、震える手で頬をなで、鎮痛な表情を堪えられない。それはとても美しい絵面だけれど、見惚れている場合じゃない。

 ゲームだけど、ゲームじゃない。

 おれの魔法は通じた。


 MPが尽きても死にはしない。死ぬのはLPが尽きた時だけ。おれのステータスはわからないんだから、やれるだけやったらいいじゃないか。

 おれは彼が触れている死体の近くまで行き、また呪文を唱えた。今度は誰にかけるか意識した。光が出たから不発じゃない、ほっとすると同時に身体が重くなって倒れた。


 誰かの意味のわからないの声が聞こえたけれど、答える余裕はない。

 寝たらだいたい全回復するものだから、起きるまで待っててくれ。そうしたらみんな蘇生する……名前も知らないチュートリアル君に心で語りかけて、やり遂げた気分で目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る