第26話

開かれた木箱の中から現れたのは、呪いの核とは程遠い、清らかで小さな白い花だった。その花は、この地下室の汚れた空気の中、ただ一輪、静かに横たわっている。怨念の霧は、この花を避けるかのように後退し、部屋の主である老人の顔の笑みは、一瞬にして凍り付いた。


「花……?なんでこんなものが…」


陽菜が戸惑いの声を上げる。悠真も驚きを隠せない様子で、木箱の中を覗き込んでいた。


「この箱は、裏切り者の後悔で閉じられていた。そして、その裏切り者の懺悔で開いた。…この花が、鍵なんだ」


私は、その花から、この部屋のどこにもない静けさを感じた。それは、怨念の叫びや後悔の鎖とは無縁の、純粋な心が宿っているかのようだった。


その時、壁に浮かび上がっていた老人の顔が、激しい怒りに震え始めた。


「なぜだ!なぜ、私の糧を……私の絶望を、貴様たちが穢す!」


老人の声が響き渡ると、怨念の霧は再び私たちを包み込もうと殺到した。霧の中からは、健太と結衣の幻影が、苦痛に歪んだ顔で私たちに手を伸ばす。


「悠真!この花を使え!」


私は叫んだ。悠真は私の言葉に、意を決したように木箱から白い花をそっと取り上げた。花は、彼の手のひらで、かすかに光を放っている。


悠真は、その白い花を、壁に張り付く巨大な老人の顔に向かって、力強く突き出した。


白い花が、老人の顔のヒビ割れに触れた瞬間、「キーーーン!」という耳を劈く高音が資料室全体を襲った。老人の顔は、苦痛に歪み、激しく震えながら後退していく。


「やめろ!それは、私の始まりだ!私の希望だったんだ!」


老人の叫び声は、恐怖に満ちた悲鳴へと変わった。私たちは、この花が、単なる呪いの鍵ではなく、この部屋の主である創立者自身の、**過去の『後悔』**と深く関わっていることを悟った。


悠真は、容赦なく花を老人の顔に押し付け続けた。老人の顔のヒビ割れは広がり、そこから噴き出す怨念の霧は、白い花の光に浄化されるかのように、徐々に薄れていった。


「この部屋は、お前たちの絶望では終わらない!希望でしか終わらないんだ!」


悠真の叫びが、怨念を打ち破る。老人の顔は、ついに耐えきれず、大きな音を立てて崩れ落ちた。壁のコンクリートが剥がれ落ち、その向こうに、古びた教室が姿を現した。


そこには、鏡に引きずり込まれたはずの、健太と結衣が、床に倒れ伏していた。

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