「真夜中の囁き」
トモさん
第1話
「ねえ、本当にこんなんでいいのかな?」
放課後の放送室に、佐々木健太の不安げな声が響いた。彼の問いかけに、副部長の小野寺結衣がため息をつく。
「文化祭まであと一ヶ月しかないのよ?そろそろテーマを決めないと、今年の放送部の作品は、また去年の焼き直しになっちゃうわよ」
そんな二人のやり取りを、私はぼんやりと聞いていた。部長の橘悠真は、私たちの後ろで黙ってパソコンを操作している。
私、三上りお。高校二年。県立相得高校放送部に在籍している。男が9人、女が5人。総勢14人の大所帯だ。
「俺は別に、去年の作品でもいいと思うけどな。だって、あれ結構好評だっただろ?」
健太がそう言うと、編集担当の伊藤陽菜が、小さく首を横に振った。陽菜は口数が少ないが、その目はいつも何かを探しているようだ。
「……ありきたりすぎて、つまらない」
陽菜のつぶやきに、結衣が大きく頷いた。
「そうよ。せっかく放送部に入ったんだから、もっと面白いことしたいじゃない。何か、とんでもないテーマないかな?」
とんでもないテーマか。私は、窓の外に広がる夕焼けを眺めながら、ぼんやりと考えを巡らせていた。どこかで聞いたような、それでいて誰も知らないような話。
その時、ふと、小学校の頃に読んだ雑誌の記事を思い出した。
「学校の噂、なんてどうかな?」
私の言葉に、健太が面白そうに身を乗り出した。
「学校の噂?いいじゃん、それ!七不思議とか、そういうやつ?」
「うん。でも、よくある怪談じゃなくて、もっと身近な、誰もが知ってるけど、誰も信じてないような話がいいな」
「それ、面白そうじゃない!」
健太は興奮気味に、そのアイデアに乗ってきた。
悠真が、それまで黙っていた口を開いた。
「学校の噂か……。いいんじゃないか。取材もしやすいし、みんなの興味も引きやすい」
部長のお墨付きをもらい、文化祭の作品テーマは「学校の噂」に決定した。
部員たちは、それぞれ知っている噂を話し始めた。「旧校舎の幽霊」「開かずの理科室」など、ありきたりな噂が次々と出てくる。
どれもピンとこない。
私は、スマホで「相得高校 噂」と検索してみた。すると、一番上に、不気味なタイトルが目に飛び込んできた。
『存在しない部屋』
記事を開くと、そこには簡潔な文章が書かれていた。
「午前1時から3時の間にだけ存在する部屋。その部屋に入ったら、二度と出られない」
「……この噂、知ってる?」
私が画面をみんなに見せると、皆が首を振る。誰も知らない、不気味な噂。しかし、その未知の恐怖に、私の胸は高鳴っていた。
「これにしない?『存在しない部屋』をテーマにしようよ」
私の提案に、悠真が少し顔を曇らせた。
「……りお、本当にそれでいいのか?なんか、嫌な予感がするんだが……」
悠真の言葉は、まるで何かの警告のようだった。しかし、私の好奇心は止められなかった。
「大丈夫だよ、部長。どうせただの噂だし。誰も信じてないんだから」
この時の私は、この選択が、後戻りできない、恐ろしいことの始まりだとは知らなかった。
この好奇心が、私たちを想像を絶する恐怖へと引きずり込んでいくなんて、夢にも思わなかった。
あの時、部長の言葉を聞いていればよかったと、何度も後悔することになるなんて……。
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