第12話 優華とアンデット
高天原宿舎の共用ラウンジで、優華は朝食のパンをかじりながら支度を整えていた。
今日のダンジョンは、Dランク・アンデッドダンジョン。廃教会を改造したような内部で、骸骨兵やゾンビがわらわらと出てくる厄介な場所だ。
「優華殿、本日もこの神宮守莉が死守するであります!」
目の前に立つ守莉は、大型の盾を背負い、軽装鎧の肩をぽんと叩く。長身で堂々とした立ち姿は、やはり頼りになる。
「う、うん。頼りにしてるよ、しゅりちゃん」
優華が笑うと、隣で眼鏡を押し上げた吉備津式彦が口を挟む。
「僕がいる限り、危険な行動は許さない」
「危険から二人を守るために私がいるのです」守莉がさらりと返し、妙に説得力のある言葉に優華はくすっと笑った。
ダンジョン入り口は街の外れ、ひっそりとした丘の上にあった。
崩れた鐘楼と割れたステンドグラスが月明かりを受け、不気味な影を床に落としている。
「偵察に出す。」
吉備津は符を三枚取り出し、宙に投げる。符が光を帯びると、黒羽を広げたカラスに似た式神が現れ、闇の中へと飛び立った。
同時に優華は聖属性結界『聖方陣』を展開する。足元に淡い光の紋様が浮かび、その上アンデッドダンジョンで最も厄介なのが瘴気と臭いも防ぐ。聖属性の効果としては他の結界に見劣りするが、非常に有用な結界である。
「……骸骨兵三、ゾンビ二。」
吉備津からの情報を受け、守莉はすぐに盾を構える。
「前衛は私、優華と吉備津は後衛から援護であります」
骸骨兵、ゾンビは聖方陣内に入ると目に見えて動きが鈍った。
優華のホーリーアローがゾンビに突き刺さり、倒れると同時に徐々に塵となって消える。
吉備津の炎符二枚が、動きの鈍っているゾンビと骸骨兵を炎で包み込み、浄化していった。
守莉はシールドバッシュで一体を弾き飛ばし、もう一体は袈裟斬りで固い骨を切り裂く。
「優華殿の結界、最高であります!」と、守莉は大はしゃぎだ。
優華は少し照れながらも、「えへへ……役に立ててよかった」と笑顔を返す。
その後もゾンビや骸骨兵、グールなどと遭遇するが、聖方陣の効果でアンデッドは明らかに身体能力が下がり、動きが鈍くなる。瘴気や悪臭も結界が遮断してくれるため、精神的負担も少ない。三人は連携を崩すことなく、ほとんど苦戦することなく進んでいった。
幾つもの錆びた剣や欠けた斧、折れた槍が散乱する開けた空間に出る。そこには、今までとは異なる骨の馬に跨ったスケルトンがいた。
「……骨の馬? いや、これは《スケルトンナイト》だな」
吉備津が式神からの情報を共有する。
「今までの雑兵とは格が違う。深入りせず、退くのも考えるべきです。」吉備津は慎重に進言した。
「何を言うでありますか!」守莉が即座に反論する。「優華の結界があれば問題ないのであります!」
「そうだね。ここで帰ったら何の鍛錬にならないよ」優華もまた、交戦を主張する。
結局、吉備津が「自分の判断で撤退すること」を条件に折れ、三人の意見はまとまった。
守莉は前へ出て、大楯を高々と掲げる。
「来るなら来い! 『挑発』!」
その声と同時に、スケルトンナイトの眼窩の赤い光が守莉を捉えボーンホースと人馬一体の動きで走り出す。圧倒的な機動力にただ突っ込んでくるだけで威圧感があるのにその上さら槍を構えて突進してきた。
「ランスチャージだ……!」吉備津が息を呑む。
守莉は歯を食いしばり、大楯を構えて動きを止める。
「『不動』!」
スキル発動により足は地面に根を張ったように動かなくなったが、代わりに全身が堅固な要塞と化す。
轟音と共にランスと大楯が激突する。空気が爆ぜ、地面にひびが走った。だが、守莉の盾は折れない。
「この程度でありますか!」彼女は気迫で押し返す。
その隙を逃さず、優華のホーリーアローが光の矢となって飛ぶ。しかし、ナイトは骨の盾で受け止めた。
「ならばこれだ!」吉備津が炎符を二枚同時に切り裂き、燃え盛る炎がスケルトンナイトを包む。
燃え広がる炎に嫌悪の声を上げ、スケルトンナイトは一度後ろに下がる。
だがそれで終わりではなかった。ナイトが咆哮すると同時に、濃密な瘴気が広間全体に広がる。
「結界がある限り、瘴気は効かない……はず」優華が呟く。
しかしその時、地面が揺れた。散乱していた剣や斧の下から、鎧を纏ったスケルトンが次々と這い出してきたのだ。
「……スケルトンウォーリアー! この地は戦場跡だったんだ。瘴気に呼応して這い出してきたか!」吉備津が顔を歪める。
スケルトンナイトと、数体のスケルトンウォーリアー。戦況は一気に厳しさを増した。
「優華殿と僕を守るため……出でよ、『大鬼』!」
吉備津が符を三枚空へ放ると、それは瞬時に膨れ上がり、角を生やした巨躯の式神へと変わった。大鬼は咆哮を上げ、迫るスケルトンウォーリアーを迎え撃つ。
守莉はなおもスケルトンナイトと対峙し、全力で槍を受け止め続ける。優華と吉備津は大鬼の背後から支援魔法を放ち、戦闘は苛烈を極めようとしていた。
スケルトンナイトが槍を構えて突進し、守莉が大楯で迎え撃つ。その衝撃は地鳴りのように広間を揺らし、火花と骨のきしむ音が響いた。
背後では、吉備津の召喚した大鬼が咆哮を上げ、襲い来るスケルトンウォーリアーの群れを防ぎ止めている。優華のホーリーアローが次々と放たれ、吉備津の符が炎を巻き起こすたび、骸骨の兵は炎に包まれて崩れ落ちていった。
だが、終わりが来ない。
――地面から、また一体。さらに二体。
スケルトンウォーリアーは次々に生まれ続けていた。戦場跡に漂う瘴気が尽きることなく、骸骨兵を繰り返し呼び戻しているのだ。
「くっ……! きりがないであります!」守莉が大楯を押し立て、スケルトンナイトのランスを受け止めながら呻いた。
「これじゃあ撤退すらできん!」吉備津も叫ぶ。
彼自身も式神と符を操りながら応戦するが、優華を庇うだけで精一杯だった。
優華は矢を放ちながら唇を噛んだ。
(……このままじゃ、押し潰される……)
彼女の胸の奥には、この膠着を打破するための切り札が眠っている。しかし、それを発動するには一瞬でも集中を要する。戦場で一瞬の隙を作るのは、すなわち死を意味した。
「吉備津くん!」優華が短く叫ぶ。「……私に時間を!」
「……! あるならやってくれ! その代わり――僕が穴を塞ぐ!」
吉備津は奥歯を食いしばり、符を次々と千切った。魔力消費など顧みず、炎符を連続で発動させる。轟音と共に炎柱が広間を走り、押し寄せるスケルトンウォーリアーを焼き尽くしていった。
その背で、優華は祈るように目を閉じ、神力を全身に練り上げていく。
次の瞬間――。
「《天使降臨》……!」
優華の背に、光で形作られた大きな羽が広がった。白銀に輝くその姿に、守莉も吉備津も一瞬息を呑む。
「……『浄化の雨』――!」
優華が掲げた両手から、やわらかな光の雨が降り注いだ。
その雨は広間を満たしていた瘴気を一掃し、黒い靄は嘘のように晴れていく。足元から這い出していたスケルトンウォーリアーは悲鳴を上げる間もなく崩れ落ち、乾いた音を立てて塵と化した。
守莉が目を見開いた。「……す、すごいであります!」
浄化の雨に浸され、スケルトンナイトの赤い眼窩の光が揺らぐ。力を奪われ、よろめいたその巨体に、守莉が雄叫びを上げて突撃した。
「終わりでありますっ!」
大楯で槍を弾き飛ばし、刀身を閃かせる。さらに吉備津の大鬼が背後から拳を振り下ろし、スケルトンナイトの身体を粉砕した。
残骸が地に散るのを見届けると同時に、優華は膝から崩れ落ちた。神力を使い切り、顔は蒼白だった。
「優華!」守莉が駆け寄って支える。
「……大丈夫。ちょっと……力を使いすぎただけ」優華が微笑んだ。
吉備津は符を仕舞いながら、真剣な声で言った。
「もう限界だ。これ以上は危険すぎる。――撤退するぞ」
守莉もそれに異論はなかった。二人は優華を守りながら、慎重にダンジョンの出口へと戻っていった。
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