第18話 <過去編:中学時代>書けない志望理由
1990年12月上旬
(高校入試の約3か月前)
苫別中学校
3年A組
「その声」を聞いたとき――なんだろうな。
地元の苫別町を離れるかどうかっていうのを、
ほんとに決めなくちゃいけないんだ、って思ったんだ。
引っ越すわけでもないけど、どこか“別れ”の予感がした。
もう転校みたいな感じ。
その日の教室は、カーテンの色までくすんで見えた。
窓の外は冬の色が深くなっていて、曇った空に雪のにおい。
窓際の空気は冷たくて、ストーブの前と温度が全然ちがう。
教卓の上には、担任の森先生が持ってきた最終進路希望票の束。
カサカサ音を立てる紙の薄さが、なんだか落ち着かなかった。
本当に市内の高校に行くのでいいか?
そんなふうに聞かれた気がした。
いや、もっとぶっちゃけて言うと、
「もう、さよならなんだね」って聞こえたんだ。
怖かった。
――初めて、失いたくないって思った。
俺の“転校”って言っても、高校を旭川市内の進学校にするだけ。
バスで通える距離だし、家は変わらない。
だって樟陽高校が第1志望だったから。
でも中3になってから、
親が「地元に高校があるなら、そこで頑張れば?」って言い始めた。
地元の苫別高校では、何年も定員割れが続いてたから、
町では高校存続のキャンペーンを始めてた。
「みんなで地元の高校に行こう」みたいな感じで。
このまま入学者が減り続けたら、
高校がつぶれるかもって不安だったみたい。
ほら、募集定員削減(間口減)っていうやつ。
そんなのもあって、親もよけいに「地元高校派」になってたんだ。
「最後には自分で決めなさい」とは言ってくれたけど。
塾はもちろん逆を言ってくる。
大学受験を目指すなら、市内の進学校へ――
樟陽か神楽東、もしくは青陵の高校のどれかって。
俺も中1のときからそれしかないって思ってた。
定員割れの高校なんか、「知らんよそんなの」状態。
だから……高校選びで今頃こんなに悩むなんて、
思ってもいなかったんだ。
……
正直に……
言うんだけどさ。
なんとなく、感じてはいたんだ。
わかってたのに、知らんぷりしてたのかも。
気づいたら、頭から離れなくなってた。
理屈じゃなくって。
どうしようもなかったんだ。
いつからそうだったのか……もうわからない。
会うだけで、その日が変わる感じ。
「おはよう」って言われるだけで、なんかイケイケな気分になっちゃって。
笑顔とか、前髪を耳にかける仕草。
それだけで、なんかこう……ドキドキっていうのかな。
バレたくないようにするのが、大変だったんだ。
蒸しタオルで寝ぐせを直して登校するようになったのも、たぶんこの頃。
だって、気になるじゃん?
とどめだったのは、
教室で高校受験の話をしてたとき。
「私は、地元で……大学受験はそこから頑張ってみようかな」って、
「その声」に。
今でも耳に残ってるんだ。
……
それってさ。
つまり、その……
俺が地元に行けば、
3年間は同じ高校ってことだよね。
……彼女と。
……玲ちゃんと。
こういう理由で高校を決める俺って、ダメか?
やっぱ不純か?
「進路は真剣に考えろ」って学校の先生は言う。
その通りだと思う。
だけど高校のことを考えると、なぜか彼女の顔が浮かんじゃうんだ。
学校でもさ、だんだん目が合わせられなくなってきてたんだ。
数学の証明を解いてても、ふっと彼女の声とか、しぐさが浮かぶときがあって……集中できなくて、悪いことしてるみたいな感じもあったんだ。
戦闘力、すごく落ちたんじゃないかな?
たぶん「5」もなかったと思う。
塾の教室の張りつめた空気も、辰野先生や安立先生の言葉も、
夏期講習の眠れなかった夜も――全部、樟陽高校受験のためだったのに。
それを俺は自分で手放すのか?
本当に、それでいいのか?って。
でもね。
彼女を眺め……いや、見てるっていったら恥ずかしいんだけど、
「俺、地元高校でも大学行けるんじゃないの?なんとかなるかも」って。
ヘンな自信が湧いてきて。根拠はないんだけど。
こわいくらいに。
いちばん困ったのは、
彼女本人から「高校どうするの?」って聞かれたとき。
『好きな子から、好きな子ってだれ?』て聞かれたような感じ。
言えるわけないじゃん、そんなの。
うまくごまかしたけど、大丈夫だったかな?
ジャンプもサンデーも、こういう悩みは助けてくれない。
ちょっとだけ勇気はくれるのかもだけどさ。
だから……
親が地元高校派でいてくれたのは、すごくラッキーだったんだ。
俺が苫別高校に行っても、家族は誰も不思議に思わない。
……絶対バレないはずだ。
問題は、塾か。
「地元受けます」なんて言ったら、間違いなく騒ぎになる。
やめさせられるかもしれない。
でも、それでもいいって思う自分もいたのかも。
そういえば、高校入試に面接だってあるよな。
志望理由、俺なんて言えばいいんだろ?
「この高校でのびのびと勉強し……」
……嘘ついてるだろ、それ。
「同級生で気になる女子がいるから」
これは……死んでも言えない。
不合格になるかもしれない。
でも、面接の先生が、
「それはまた、熱意が伝わってきますね」って言ってきたら?
俺、どう答えるんだ?
想像しただけで耳まで熱くなった。
こんなやりとり、塾じゃ教えてくれない。
クラスの誰にも相談できないし。
筆記より面接のほうが難しいかも。
なんか、想像してた高校受験と全然違うんだけど。
もっとこう、1点を稼ぐためにピリピリして勉強するんじゃなかったっけ?
俺、ちょっと情けなくないか?
中3の2学期からは、ずっとこんな感じだったんだ。
「気になる」っていうのと、
「彼女がいると自分がまっすぐになれる気がする」っていうこと。
同じことなのか違うのか、よくわからなかった。
最終進路希望票は、まだ書きかけのまま。
その中央に、ぽつんと俺の名前だけが残っている。
自分だけが止まってる気がした。
一緒にいたかっただけ。
その志望理由は、誰にも言えなかったんだ。
後日――
あの冬の、教室での会話。
彼女は覚えていないだろう。
ただのクラスメートの男子との会話だったんだから。
でも、当時の俺には、
玲ちゃんが地元の苫別高校に進学するっていうのは、
何よりも記憶に残った。
もはや彼女は、ただのクラスメートではなかったから。
緊張に包まれるはずの高校入学試験の日。
入試会場で彼女の姿をみて、胸が熱くなったのを覚えている。
面接で聞かれた志望理由。
「型通りの言葉――嘘」で答えた。
本当の理由は、もちろん言葉にできなかったから。
……それでも、
あれほど心躍る入学試験は、後にも先にも経験がない。
三人だけの同窓会 ―29年目の再会― たちばな ほのか @ysknehkt_0123
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