第14話 <過去編:中学時代>2人の習い事
旭川
(上川郡 苫別町)
1990年1月1日 元旦
中学2年
外は氷点下10度以下。雪はしんしんと降っていたけど、
この町じゃ別に珍しいことじゃない。
『あけましておめでとう。また習字で一緒だね、よろしく。受験勉強もがんばろ』
……その年賀状だけ、何度も何度も読み返していた。
いや、マジで寒くない。
むしろ手のひらがじんわり汗ばんでる。
弟と年賀状の枚数を数えていたときも、これだけは絶対触らせたくなかった。
俺のも、ちゃんと届いたよな……?
玲ちゃんに。
あて名の「平岸 玲子 様」を下書きまでして、
何回も練習したなんて……誰にも言えない。
下書きの紙は、小さくちぎって別のごみ箱へ捨てたんだ。
親に見られたら「何してるの?」ってなるに決まってるから。
冬休みが終わると、毎週木曜の放課後は習字の塾(早川書道教室)。
役場のそばの、小さな日本習字の教室。
優しいおじいさん先生が、生徒の字を朱の筆でなぞって直してくれる。
軍隊にいたのが本当かどうか知らなかったけど、
挨拶だけは厳しかった。
墨と石油ストーブの匂いが、なんか落ち着く。
壁は全部段ボールの紙で覆われてて、
誰かが書いた、墨のいたずら書きも残ったまま。
中3になったら高校受験があるから、やめなきゃいけないかも。
だから、一緒に通える時間がとにかく嬉しかったんだ。
「直ちゃん、今週どうする?」
「行くよ。部活もないし」
——ずっと続いてほしかった。
同じ学年で通ってるのは、俺と玲ちゃんだけだったから。
教室の机は3人掛けの細長いやつ。
同じ机に座ることもできたけど、それはさすがに。
俺が机を揺らして、字が曲がったら……申し訳ないし。
だから、いつも“斜め45度の後ろ”に座った。
それは……まあ、よく見えるから。
冬のある日、玲ちゃんが風邪で休んだ。
習字塾がやけに静かで、時間がたつのが遅かった。
帰り際、事務の人に聞いてみた。
「平岸さんの家に届けるものあります? 帰り道なんで」
―本当は家は反対方向だけど、そこは置いといて―
遠回りでも、そういう「理由」が欲しかった。
手渡された会報を抱えて、雪道を歩く。
キュッキュッと雪を踏みしめる音。
玲ちゃんの家の前。なんか、胸がきゅっとした。
玄関の横にはスコップが2本並び、銀色の郵便受けには夕刊が入ってた。
……ここに入れて帰ればいい。けど——直接渡せるかもしれない。
雪が落ちてこないように、玄関フードをそっと引く。
ひゅっと、一緒に冷たい空気も入ってきた。
中はすごく静かで、心臓の音で自分がバレそうな気がした。
ピンポンを押す指が、ちょっと震えてたと思う。
2回押さなかったかって、不安だった。
「いつもありがとう。玲子もときどき直樹君の話をするの。
少しずつ元気になってきてるから、また学校で仲良くしてね」
玲ちゃんのお母さんにそう言われて、帰り道ずっと顔が熱かった。
——赤くなってなかったよな、俺。
いつかの習字塾。
添削を待つ列で、玲ちゃんが俺の前に並んだことがある。
ストーブの熱が強くて、額にじんわり汗がにじむ。
目の前の髪や指先が、きれいに見えたんだ。
横顔も……だけど。
「ねえ、この字……やり直したほうがいいかな? ヘンじゃない?」って、
半紙を持って振り向く彼女に、俺、頭が真っ白になって。
「いや、きれいだよ。そのままでいいよ」って、思わず言っちゃったんだ。
頭の中は“きれい”の文字でいっぱいだったから。
「そうかなぁ」と首をかしげる横顔に、俺だけドキドキしてた。
真剣に筆を動かす彼女の横顔は、今もはっきり浮かぶ。
——たぶん、彼女は何も知らなかったはず。
知られたら恥ずかしいから、それでいいんだけど。
あの頃は、週のカレンダーの“木”の字が、一番待ち遠しかったんだ。
習っていたのは毛筆だったけど、
硬筆も習っておけばよかったと思うのは、もう少し先の話。
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