第13話 <現代編:再会>店までのみち

駅の改札を出て、3人でゆっくり歩き出す。

白い息がふっと立ちのぼり、冬の匂いが鼻をくすぐった。

夕暮れなのに、どこか朝のような静けさも漂っている。


横断歩道の信号が青に変わる。

先生が一歩先に踏み出し、私たち2人も遅れて並んだ。

けれど——声が出ない。

呼吸の仕方さえ忘れたみたいに、胸の奥で音ばかりが響く。


沈黙を破るのは、どちらだろう。

そんなことを考えている自分がいた。


直ちゃんは、まっすぐ前を見ている。

少し硬いけれど、どこか懐かしい横顔。

話したいのに、言葉を口にするのが怖い——壊したくない時間だった。

あの喫茶店の帰りの横顔に重なる。


スクーターが横を走り抜け、風が頬をかすめる。

直君の肩がわずかにこわばる。両手はポケットの奥に。

きっと私と同じくらい、緊張している。

そう思うと、気持ちがやわらいだ。


交差点を渡る足音が、アスファルトに淡く響く。

途中で口を開きかけて、私はまた閉じた。

焦らなくていい。

29年ぶりに、ようやく同じ時間へ戻ってきたのだから。


少しずつだけど、この沈黙が心地よくなっていた。

すぐに言葉で埋めなくてもいい——そんな間が初めてだった。


交差点の先、店の灯りが見えた。

橙色の柔らかな光が、迷子の心を包むように迎えてくれる。

中から小さな笑い声が漏れ、暖かな空気が街にこぼれていた。


——大丈夫。

——まだ始まったばかり。


私たちはそのまま歩き続けた。

夕暮れの街で、わずかに交わる靴音だけを響かせながら。

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