第4話 <現代編:再会前夜>松山先生宅(旭川)

―1年前- 

2023年1月


木の香りと灯油ストーブの匂い。

木造の家に特有の、あの懐かしい匂いが鼻をくすぐる。


「お久しぶりです、松山先生。ご無沙汰しております」

「おお、直樹君。久しぶり~。今年もよろしく~」

「今年もよろしくお願いします。また急に押しかけてしまい、すみません」


懐かしさが胸の奥にじんわりと広がっていく。

スリッパを借りながら、直樹は小さく頭を下げた。


「いやいや、いいんだよ。どう? 久しぶりの旭川は。寒いでしょ」


「そうですね、こんなに寒かったでしたっけ。子どもたちも寒さにびっくりしてます。でも、雪が楽しいみたいです。僕なんかは、大阪の冬にすっかり体が慣れてしまいまして」


温かいお茶が手の中でほんのり湯気を立てていた。


「お子さんたちは元気にしてるかい?」


「はい。おかげさまで、みんな元気です。先生もお変わりなく?」


「俺も元気だよ。今、1年間だけ嘱託で働いてるんだけどね。

それももう終わるから、来年にはそっちに戻るつもりなんだ」


「えっ、じゃあ大阪に?それはもう、“おかえりなさい”ですね」


古い置時計が、静かにゆっくりと時を刻んでいた。


「昔から持ってた家があってね。そこに住もうかなと。子どもたちも関西にいるし、病院も多いでしょ。やっぱりこの年になると、都会のほうが安心と思ってさ。……そのときゃ診てもらうよ、直樹先生!」


「先生、“直樹先生”はやめてください。先生から見たら、僕は永遠に“未成年の直樹ちゃん”ですよ。診察なんて、もっともっと先の話にしておいてください。僕の出番なんて、ないに越したことないですから」


「はは、たしかに。来年そっちに帰ったときは、また飲もうか」


「はい、ぜひ。大阪でお待ちしています」


松山先生とはそんな話をした覚えがある。


―僕も大阪に引っ越して、ずいぶん経ちました。話題はたくさんあります―


廊下の突き当たりには、昔の教え子たちが並んでいる集合写真が飾られていた。

写真立ての脇には、少し色褪せた招き猫たち。


フレームの中の若い先生の笑顔に、ふと――

ああ、俺もこの中にいたんだよなと思う。


屈託のない笑顔。

あの頃の自分の目は、嬉しそうだった。


松山先生と自分だけの2人飲み会。

先生の奥様も一緒かもしれないから、3人かもしれない。


僕らが高校2年のとき、先生はご結婚されたばかりで…

お祝いするために奥様を教室にお招きしたことがあった。

生徒全員で、拍手して……

あのときの先生は、かなり恥ずかしそうで。


お忘れでしょうか?

高校3年のときの朝のホームルーム。

先生に1人目のお子さんが生まれて。

名前で悩んだ話をしてくださったときの、あのうれしそうな顔。


米倉がふざけて、「先生! 赤ちゃんって、どうやって作るんですか?」って。

先生は即座に――「コウノトリさんが運んできてくれたの」

あれは、生物の先生として反則でした。


「君たちがテストで『コウノトリ』は減点だ」とも。

一同で大爆笑でしたね。


なつかしいな。

またあの頃みたいに笑いながら、たわいもない話をして――

楽しく記憶を掘り返しましょう。


……


本当にそう思ってた。

先生からの、あのメールを見るまでは。


何気なく目をやったスマホの画面。

……衝撃だった。


思い出すこともないはずだったんだ。


『直樹君、今度の飲み会だけど、

(藤田・旧姓:平岸)玲子ちゃんも誘おうと思って。

覚えてるかな?』

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