第38話 ポニーテールと機関銃
「たしか、ここで右側から来たから…」
颯が、そっと廊下の角を覗く。来るときは目隠しされていたので、体感だけが頼りだ。あの足音の響き方は、小さい階段室のような感じだった。覗いた先には、ちょうど非常階段がある。メイについてくるよう手振りで合図して、小走りに階段室へ。
「来たぞ!」
「おらぁ!大人しくしろ!!」
途端に、待ち伏せしていた黒服の男達が2人に掴みかかる。スタンガンを構えた腕に、颯の刀が叩きこまれた。階段の下からは、微かな銃声。颯が、メイの手首を掴んでくるりと踵を返す。監禁されていた部屋に戻ってもしょうがないので、反対側に走り出した。他にも階段があるはずだ。
「待って、待って、沖田…っ」
早くもメイの息が上がり始めた。
「エレベーターある!!エレベーター使おうよ!」
「だめ。確実に待ち伏せされてる」
男達が撃ってこなかったということは、銃は脅しで、まだ無傷で生け捕りにする気なんだろう。それだけが救いだ。接近戦なら、刀で対応できる。ただし、颯の脚力ならともかく、メイがどれほど走れるか。ぜいぜいと苦しそうに喘ぐメイを引っ張って、颯が手近な部屋に飛び込み鍵をかけた。メイがへたり込む。
「も…っダメ…っ」
「若いんだから、大丈夫。休憩したら回復するよ」
ドアの方を警戒しながら颯が励ます。廊下の向こうから、手あたり次第、ドアを開けては閉めていく音が聞こえる。黒服達が2人を探しているのだろう。
――来る。
ドアノブが、ガチャガチャと乱暴な音を立てる。
「鍵…ここだ!」
男の声とともに、鍵周りに無数の銃弾が撃ち込まれた。
ドアが開いた瞬間、颯が追手の手に刀を打ち込んだ。M3サブマシンガンが手から落ちて滑る。もう片方の手で殴りかかってくるのを捌き、柄で眉間を打つ。1人目が崩れ落ちると同時に次の男が飛びかかる。胴に刀を叩き込んだが、男はよろめいてすぐに体勢を立て直した。
――防弾ベスト…
申し訳ないが、動きを止めるには胴以外の急所を叩くしかない。殴りかかってきた勢いに乗せて、喉元に刃を打ち込んだ。男が昏倒する。
「くそっ…応援、頼む!No.20が日本刀振り回してて手に負えねぇ!」
3人目の男が、インカムに向かって叫ぶ。
「バカヤロ、こっちも手が足りてねぇんだ!!搬入口じゃドンパチしてるし2階の表階段の連中も連絡が取れねぇ!!」
インカムの向こうで怒鳴る声が颯の耳に入る。ドンパチしているということは、警察が入ってきているのだろうか。
「表階段が手薄だって。行こう!メイちゃん!」
表階段の場所は分からないが、たぶん、非常階段の反対側にあるんだろう。
「まだ走るの!?無理!!もう立てない!!」
メイが癇癪を起こす。隙有りと見たのだろう。颯の背後から、3人目の男が手近な立像を握って殴りかかってきた。後頭部を金属製の像で殴られ、颯がよろめく。とっさに身を捻って背後の男の脚を払い、2撃目は躱したが、男と一緒に床にもつれ込んだ。一瞬早く飛び起きた男が颯に馬乗りになり、立像を振りかぶる。
「いやああああ!!沖田!!」
メイが悲鳴を上げ傍らに落ちていたM3サブマシンガンを掴む。銃なんか持ったこともないけど、引き金?これ引けばいいのよね?
ヴァラララララララ…
銃声と共に、なんだか高価そうな立像が、壺が、額縁が木っ端微塵に砕け、跳ね飛び、崩れ落ちていく。
「ああーっ!!商品が!!!このクソガキ!!」
颯に跨がっていた男の気が逸れた瞬間、颯が身を捻って男の身体の下から飛び出した。男の首筋に刀を叩き込んで昏倒させ、頭を庇って身を伏せる。銃声が止んだ。
「ふふん…カ・イ・カ~ン♡」
銃口を上げ、メイがニヤリと笑う。
「…凄いね、君」
颯が伏せていた身を起こした。
「サブマシンガン乱射して、誰にも当てないって」
倒れている男達に出血は見られない。流れ弾の1つも当たってはいないようだ。男のうち1人の耳元5センチの場所には額縁の破片が突き刺さっている。この悪運の良さは兄譲りの才能だろう。通常、乱射なんかしたら誰かには当たってしまうものだ。
「な…何よ!!初めてなんだから、仕方ないじゃない!!だいたい、アンタが頭ぶたれるなんてヘマしなきゃねぇ…」
顔を真っ赤にして食ってかかるメイの頭を、颯の手がポフポフと撫でた。
「よかったよ。君が誰も傷つけなくて」
――汚れは全部、俺が引き受ける。
微笑む颯の瞳に一瞬、影が差したようで。メイは思わず息を呑んだ。
「立てる?」
――何よ。こんな時に、いつも通りヘラヘラ笑って。
「…無理って言ったじゃん」
そっか、と笑って颯が刀を鞘に収めた。屈んで、メイに背中を差し出す。
「負ぶってくよ。乗って」
メイが背中に乗ると、颯はサブマシンガンを拾って立ち上がった。身体の動きが制限されるなら、銃の方が扱いやすい。片手でメイの尻を支え、もう片手にサブマシンガンを構えて、颯が全速力で走り出す。
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宇津木と“歩兵2”の面々が2階の展示室を足早に回り、メイと颯を探す。少女の髪で編まれたと思しきドレス。妙に視線を感じる蝋人形。肌も露わな少女達の作品は、どうにも目のやり場がないし、その割に気を取られてしまうので、“歩兵2”の面々はいかにも落ち着かない様子だ。
「何なんですか、この美術館…」
山城が困惑したように呟く。
「ヘンタイ柿谷のスケベの殿堂だろ。…やっぱ3階かねぇ」
宇津木が、小指でこめかみを掻く。もう東側の展示室は全て回った。西側へ回るには非常階段の前を通らなければならない。宇津木が廊下の角に背をつけ、様子を窺う。階下で微かに銃撃戦の音が聞こえるが、2階は静かなものだ。念のため拳銃を構えて飛び出してみる。誰もいない。
「“騎士”より“塔”へ。2階の非常階段は敵無し。西側の展示室へ回る」
「了解」
落ち着き払った声になんだかホッとした。指揮官向きの声だ。西側の展示室を回っていると、表階段側から銃声が聞こえた。
「あ…」
仲間の危機か。山城が走りかける。
「山城、止まれ!2階踊り場を確保中の連中は交戦していない」
黒島の制止がかかる。
「てこたぁ、3階か?」
颯だ!宇津木が走り出す。
「“騎士”より“塔”!!表階段から3階に上がって加勢する。交戦してんのは、たぶん“王”だ!!」
「了解。“歩兵2”、表階段の3階踊り場を確保しろ」
“歩兵2”の面々が宇津木について走り出す。3階踊り場で、教わった通りに階下と階上に銃を向けた警戒態勢を取った。宇津木は、そのまま表階段を駆け上がっていく。3階の見張りは交戦に集中しているのだろう、階段を守る者はいなかった。
3階には展示室はなく、オフィスや保管室が並ぶバックヤードになっている。宇津木が銃声を追って西側に走る。廊下の端に、黒服達の後ろ姿。交戦中のようだ。相手が颯なら、銃は拾い物だろう。いつ弾が尽きるか分からない。
「おりゃああ!!こっち向け!紅い兇星!元・戦神サマのお出ましだ!!!」
男達の注意を引きつけ、サブマシンガンで突っ込む。不意を突かれた男達が、銃を振り向ける間もなく次々に額や喉にゴム弾を撃ち込まれて倒れ込んだ。
「宇津木さん!!」
廊下の向こうから響く、聞き慣れた声。颯がメイを負ぶって駆け寄ってくる。ジャキ、と宇津木が銃を向けた。颯の背後の男達を撃ち払う。
「感動の×××は後でな!!俺が後衛するから、表階段へ走れ。大謝名組の連中が守っている!」
「×××て!女のコの前でヒワイなこと言わないの!!」
颯が小言を吐いて宇津木の前を駆け抜ける。瀟洒な造りの階段が見えてきた。
「お嬢!!」
「助けに来ましたぜ!!」
踊り場を確保していた“歩兵2”の面々が、手を振るメイにわぁっと沸き立つ。
「黒島さん!!お嬢と颯さん、合流しました!!」
山城がインカムに向かって叫ぶ。歓びでコードネームも吹っ飛んだ。
「わかった。“歩兵2”は、メイさんを連れて庭から搬入口へ回れ。残党への警戒を怠るな」
黒島の冷静な指示に、ぎゅっと“歩兵2”の面々が顔を引き締める。黒島が回線を切り替えた。
「宇津木。搬入口で“歩兵1”が苦戦中だ。颯君と非常階段から降りて、敵の背後を攻めて欲しい。行けるか?」
「了~解!バックなら任せろ!!イくぞ、颯!」
お下品だなぁ、と颯がぼやいて落ちていたサブマシンガンの弾倉を拾い、セットした。宇津木の瞳が、颯を覗き込んでニヤッと笑う。
「もう少しだ。さくっと片付けて帰ろうぜ」
――この銀髪が来てくれたら、絶対勝てる気がする。
「うん!」
銀髪と金髪をなびかせた2人が、非常階段に向かって駆け戻る。
〈つづく〉
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