第32話 顧客満足度No.1!
「…サルヴァトーレ・ファミリー?ああ、聞いてるえ」
ろうそくの炎が揺れる。0番街の一角を縄張りとするサンサン丸商会の事務所は、本日、発電機が不調なのだそうだ。
タイガーアイをあしらったブレスレットをはめた女が、フーッと紫煙を吐く。黒々とした髪に皺のない肌は中年のようにも見えたが、表情や態度は奇妙に老成していた。大隅詩乃。違法な武器や盗品の流通を手懸けるサンサン丸商会を取り仕切る女ボスである。
「取引でもあるんですか?」
聞き込みに来た山城が固い声で問うた。
「あほらし。ウチは生ものは取り扱わへんって決めてんで。保管する間のエサ代がかかるさかいね」
ぷっは、と紫煙が輪を描いた。
「そやさかい、アンタのとこのお嬢も、売り飛ばされるなら酷い扱いは受けてへんはずや」
人間でも動物でも、高値で売ろうとすればベストな状態を保つ必要がある。女なら充分な食事と睡眠を与えてお肌を綺麗に。それなりの衣類で着飾らせて、可愛く微笑ませたいなら住環境や周りの人間との関係性も粗末には出来ない。それは、大謝名組が経営する娼館とて同じ事。
「特に、清蘭生は海外でもマニアックな人気を集める“ブランド”やさかい、サルヴァトーレ・ファミリーが目ぇつけるのも不思議やあらへんで」
「どこに“商品”を保管するか、聞いたことはあるか?」
黒島の問いに、詩乃は肩をすくめた。
「裏の商売人にとっては最大の秘密や。漏らすわけあらへん」
「じゃぁ、俺達が“商品”と接触できる機会は?」
何も監禁場所にこだわる必要はない。要は、メイと颯の目の前に辿り着いて奪還してくれば良いのだ。宇津木の問いに、詩乃はフンと流し目を送った。
「売りに出るときやろ。特定の顧客に納入するなら別やけど、サルヴァトーレ・ファミリーはオークション開くさかいな」
「場所や日時は!?」
山城が身を乗り出した。
「ク~リスマスの…って、待って、待って。アンタら、ウチからタダで情報引き出せる思てるん?」
詩乃が両手を広げた。
「カチ込む気なら必要なモンがあるやろ」
ホレホレと詩乃が笑う。山城がグッと唾を呑んだ。確かに、海外マフィアを敵に回すなら角棒やエアガンでは歯が立たない。それは、柿谷理事長宅を襲撃したときに身に沁みて分かっている。
「ちょっと待ってください」
山城がスマホを持って廊下に出た。
「――ジョニーさんの確認が取れました。拳銃を30丁にサブマシンガン30丁、予備の弾丸。サンサン丸商会に注文します」
ヒュウと詩乃が口笛を鳴らす。0番街の商人としてはかなりの大口取引だ。
「ゴム弾にしろ。あと、防弾ベストとヘルメットもだ」
宇津木が口を開く。
「宇津木さん…?」
山城が振り返った。
「実銃持ちゃぁいいってモンじゃねぇ。俺達がクリスマスまでの1週間で、お前らを無駄死にしない程度の兵隊に仕立ててやるよ」
柿谷理事長宅襲撃の時の様子では、大謝名組に喧嘩以上のノウハウはないだろう。そんな連中が実銃に持ち替えたからといって通用するとは思えない。
「“安全対策講習会”の上級だ。最後の“実習”には俺も付き合う」
隻眼が、ろうそくの明かりを受けてギラリと光った。
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U.B.セキュリティ・サーヴィス社・情報解析課長の滝川が、デスクトップをスクロールさせる。デスクの前には、何かとお騒がせな第3情報解析班の2人が首を並べている。かしこまる時に背中で手を組んで直立不動になるのは戦闘部門時代のクセだ。
「“安全対策講習会(上級)”?級なんてあったか?」
滝川が、老眼鏡の上から黒島の顔を覗き見た。
「前回の講習を終えた後、より“積極的”な安全対策について学びたいと要望が出まして」
黒島が、しらっと答えた。
「ふーん…護身術に、護身用具の扱い方ね…なんで1週間もかかるんだ」
「護身術は基本が格闘技です。素人がいきなり上っ面の型だけ真似て取り組んでも効果は薄い。基礎から教わりたいと。お客様が」
宇津木が答えた。民間企業の魔法の言葉「お客様」で念を押す。
「で…最終日の“実習”??何だ、これは?」
「“護身用具”は、実際に使ったことがないとイザという時に使えないので。より講習の効果を高める実践です」
黒島が言い切った。滝川が、じっと2人を観察する。
「…まぁ、いいけどな。無茶はするなよ」
画面内の「決済印」を選択し、エンターキーを押す。これで、任務として堂々とメイと颯の救出に携われる。カチ込みも実習のうち。教育用のゴム弾だし。
「「ありがとうございます!」」
やたらにお返事の良い第3情報解析班であった。
〈つづく〉
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