第21話 値切るな、命を守るなら

「沖田…沖田!!」


 揺り起こされた颯が、ぼんやりと瞳を開く。ふんわりとした銀色の髪。


 「宇津木さん…?」


 「寝ぼけてんじゃないわよッ」


 耳を掴んで、思い切り引っ張られた。


 「痛い痛い痛い!…メイちゃん!それ、暴力!!」


 ようやくはっきりした颯の視界の中で、メイがフンッと鼻息を吹いた。辺りを見回す。カーペット敷きの床に、ソファ、コーヒーテーブル。壁には、ありきたりながら絵も掛けられている。暖房も入っているのだろう、寒くもない。起き上がってみれば、そこそこに清潔で機能的なビジネスホテルのような部屋だった。ベッドが2つ、サイドボードを挟んで置かれている。


 「どこ、ここ…」


 窓のカーテンを開けると鎧戸が閉じられていた。窓自体は開けられないように改造されている。部屋のドアも、外鍵がついているようだ。押しても引いてもびくともしない。


 「わかんない…。アタシ達、閉じ込められてるの?」


 「そうなんだろうけど…」


 宇津木がメイの警護に入っていたことは聞いている。警護ってことは何かしら狙われていたってことで。


 ――俺も一緒に掠われた…ってことは、え!?口封じに殺される!?!


 「いやああああああああああ!!!」


 汚い高音が耳をつんざく。


 「え、何それ、ぜんぜん聞いてないんですけど!?!メイちゃん、何!?何に掠われてるの!?!俺、殺されちゃうの!?!ねぇ!」


 「うるっさい!!!なんでアンタの方が心底ビビってんのよ!!年上だし!!男だろ!!しゃきっとしろ!!」


 縋りつく颯を、メイが蹴飛ばす。孤独な学園生活で、颯には何となくお兄ちゃんを重ねていたが、こんなに情けない奴だったとは。


 「え、いや、男って言われても!?俺、弱いし!?人には、性別以前にそれぞれ個性ってもんがあって!!!ねぇ、メイちゃん、聞いてる!?!」


 涙をこらえたら、鼻水が出てきた。


 「やだ、ちょっとッ!鼻水、アタシのスカートにつけたら許さないからね!!」


 メイが、げしげしと颯を踏んづける。


 「何、騒いでやがんだ!!どっちもツラに傷つけんじゃねェ!!」


 ドアが開いた。迷彩ズボンの男が入ってきて、スタンガンを見せつけるようにバチバチとスパークさせる。


 「…大人しくしてろ。でないと、またコイツで痛い目みることになるぞ」


 思わず2人が硬直する。――まったく、なんのためのお姫様待遇なんだか…とかなんとか。ブツクサ言いながら男はドアを閉めた。

「傷つけるな」とは崇高なことだが。


 「…なんで、ほんのり優しいの?」


 「知らないわよッ!!」


 ドアが外からズダァン!!と叩かれる。さしあたり、2人とも口を閉じておくことにした。




 第3情報解析班オフィスの窓に映るビル街も、雨天の今日はグレーにくすんで佇んでいる。いつもは陽気な宇津木のお喋りが絶えないのだが、警察との面会から戻ってきてからは、颯がメイちゃんと一緒に掠われたっぽい、と黒島に伝えたきり、むっつりと黙り込んでいた。


 「…宇津木」


 黒島が顔を上げたとき、デスクの電話が鳴った。


 「第3情報解析班、黒島だ」


 途端に、営業2課長・ウッズの声が飛び込んできた。


 「ちょ!お宅、何してくれてんの!?大謝名組の皆様が来て暴れてるんだけど!?」


 電話の背後で、めちゃくちゃな銃声が聞こえる。


 「そっち、行ってもらうからね!!説明、よろしく!!」


 ガチャリと電話は切られた。ややあって、情報部門のフロアに、どやどやがやがやとした男達の声とウッズ課長の声が聞こえた。大謝名組若頭のジョニーを先頭に山城以下、舎弟が数名。速やかに個室の会議室に押し込む、もとい、ご案内する。他の課員がいるところで乱射されてはかなわない。ウッズ課長は、そそくさと営業部門フロアに戻っていった。


 「――事情を聞こうか」


 お茶を出した後、黒島が切り出す。


 「メイが消えたんだよォ!昨日から寮に帰ってこねぇってなァ!!」


 ジョニーが黒島の胸ぐらを掴んで喚く。


 「メイが掠われる可能性は0%じゃなかったのかよォ!?」


 「ほとんど0、とは言ったが、完全に予測できるわけじゃない。少なくとも神隠しとは別件だろう」


 さりげなく、お宅の依頼は「神隠し」の件であって、と主張する。やれ返金の訴訟のに発展されては困るのだ。


 「自分で失踪したんじゃなければ、人間に掠われたと考えた方がいい。警察に届けて…」


 「ウガァァァァアア!!!」


 ジョニーの雄叫びと共に唸るサブマシンガン。舎弟どもが会議机の下に飛び込む。


 「0番街を管轄する警察なんざいねぇんだよォォ!」


 そうだった。黒島が、再び胸ぐらを掴むジョニーの手を押しとどめるように手を添える。


 「すると、自前でメイさんを探すのか?」


 ジョニーの手が、するりとなめらかな肌に包まれた。


 「当たり前だァ!俺達が0番街の自警団だからなァ!」


 「そうか…。さすがの心意気だな。人捜しは、よくするのか?」


 黒島の瞳が柔らかな光を湛える。口元には微笑みさえ浮かべている。相手が感情的になるなら、こちらは感情を演じる。黒島の十八番だ。


 「は…?よくはしねぇが…やるっきゃねぇだろォ」


 ジョニーが、唐突に花開いたような黒島の色香に毒気を抜かれたように大人しくなった。


 「弊社は、人質救出作戦にも定評があってな。戦闘部門を投入するような大規模なものになると高額だが、調査のバックアップやノウハウの提供といった規模ならリーズナブルだ」


 戦闘部門を出すのは、審査部が承知しないだろう。情報部門でできる範囲に延焼を留めなくてはならない。


 「さらに、第3情報解析班を指名して“安全対策講習会”として発注してくれれば、通常の50%OFFでいい。今回のアフターケアだ」


 「あぁ!?そんなモンで誤魔化せると…」


 ジョニーが、サブマシンガンを構える。


 「さらに!」


 宇津木の声が響く。


 「今回、メイちゃんと一緒に、俺のツレも掠われている。ウチと組めば、警察の捜索情報も入るぜ」


 これで、どうだ!!!


 「…ジョニーさん、悪くない話です。ウチは、人捜しに関しては素人ですし、警察のツテもありませんし…闇雲に人を動かすより良いかと」


 山城がジョニーに耳打ちした。


 「ん…む…。じゃァ、50%OFFだ!忘れんなよォ!!」


 「毎度ありがとうございます。では、契約は営業2課の方で…」


 黒島のデスクからの内線で、ウッズ課長がすっ飛んでくる。揉み手せんばかりに、大謝名組の面々を営業部門フロアへ案内していった。


 「…大丈夫なのかよ、50%OFFとか」


 90°のお辞儀で大謝名組を送り出した宇津木が問う。


 「ああ、ウッズ課長がどうにか社内に手を回すそうだ」


 90°のお辞儀から頭を上げつつ、黒島がちろりと舌を出す。


 「…次はラーメンのサービス券ぐらいにしとかないと、いくらウチでも潰れるぜ」


 宇津木がため息をついた。


〈つづく〉


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