第18話 ひとひらの雪、胸に光を
今日はあの2人来ないな…と思いながら、颯がカフェテリアのキッチンで皿を片付ける。窓の外には、こないだの初雪よりも本格的になった粉雪。
「沖田ァ!まだ座れる!?」
コートの肩に散る粉雪を払って、2人の女生徒が駆け込んできた。
「メイちゃんも羊子ちゃんも、今日は遅かったね」
颯がニコリと微笑みかけて、マグカップを用意する。メイは、いつものシナモン入りのココア。羊子はハーブ・ティー。
「羊子ちゃん、今日はどんなブレンドにする?」
ここのカフェテリアでは、ハーブ・ティーや紅茶を何種類か用意してあって、注文ごとにブレンドする事もできる。
「カモミールを3にミントを1…ラベンダーの花もひとつまみ、お願いします。ああ…信じられないわ」
「それとケーキ3つね。沖田も座りなさいよ。アタシが奢るから」
オトナは自分で払います、とメイをいなしながら、颯が飲み物の用意に取りかかる。
「どうしたの、2人とも。“信じられない”って、何?」
はわはわと頬を押さえる羊子。
「今度の学校説明会で、羊子が流麗寮の清水澪と並んで講演する事になったの」
なぜかメイが自慢げに説明する。3年生から1人と、1、2年生から1人。受験希望者の父兄向けに、それぞれの立場で学校生活について講演するのだ。
「わぁ、凄いね!活躍するチャンスじゃない!」
颯が満面の笑顔でケーキと飲み物を出した。メイがココアだけ受け取って、さっさと席に向かう。仕方ないので、颯がケーキを捧げ持って後についていくことになった。
「でも…でも、清水様と並んでなんて…。どうして私なのかしら。成績だって特別良いわけじゃないし、スポーツが出来るわけでもないし…」
今日、終礼の後に教頭室に呼ばれて、登壇者に選ばれたことを告げられたのだ。
羊子がマグカップを両手で抱えて、ふーふーする。
「なんだっていいじゃん、選ばれたのはアンタなんだから。クラスの気取った奴ら、見返してやりなよ!」
メイがケーキをパクついた。
「光栄だけど…何をお話しすればいいのか…。特別な活動をしているわけじゃないし」
羊子が困り切ったように顔を覆う。お勉強の話も部活動の話もできない。ホントに、地味に学校と寮を往復しているだけなのに。
「…んー…俺もハイ・スクール卒業して初めて分かったんだけど、学校って勉強だけするところじゃないよね」
颯が、カモミールの香りを愉しむようにハーブ・ティーを啜って、ゆったりと羊子に微笑みかけた。
「図書館の本を読んで勝手に感じたことや考えたことも“勉強”だし、クラスメートや寮生とのやり取りで嬉しくなったり嫌な気持ちになることも。1コ1コ、“次はこうしよう”とか“私にはこれが向いてる”とか“向いてない”とか大事な知恵になって、羊子ちゃんを強く大きくしてるよね」
嫌なことも…?2人の女生徒が目を瞬く。
「そう。校庭のお花とか、季節の移り変わりとか、何でもいいんだ。君達は、今、大人になるために精一杯羽ばたいているところだから。何をしても、何かしら受け取って、感じたり考えたりしている、と思うんだよね」
特に、羊子ちゃんみたいに沈思黙考するタイプのコはね、と颯が付け加える。
「へー…じゃ、人を冷蔵室に閉じ込めておいて、死ぬかもなんて何も考えてませんでした、なんてバカを許す学院です、とかでも良いの?」
メイが、フンと鼻を鳴らす。
「ああ~…それは嫌がられるかもね…。ちょっと想像してみてさ、5年後、自分が何を振り返りたくなるかなぁって考えてみたら?どの経験が一番、大事な想い出になりそうか…って」
「大事な想い出…」
「そうそう。ちなみに、俺のハイ・スクール時代の想い出はねー、ある女のコに本気で恋をして、彼女のために何ができるだろうって一生懸命考えて、いろいろしてあげたこと!借金作っちゃったのはバカだったなぁって反省してるけど、たった1人に喜んでもらおうとして色々やるときのワクワクとかさ、彼女に“ありがとう”って笑いかけられたときの天にも昇る気持ちとか、経験して良かったなって思うよ。俺の、宝物」
にこりと颯が微笑んだ。マーマレードみたいにほろ苦い恋だったけど。
「ハァ?借金?いくら作ったのよ」
メイが若干あさってな方向に関心を示した。
「…えーと…164万8720円…」
「バカなの!?」
うう、あまり言わないで…。さすがに、年下の女のコに洗いざらいオープンにするには恥ずかしすぎる話だった。でも、誰にも嘘ついたり誤魔化したりしないっていうのは、俺のポリシーだから。
「いや…その、返済のために、自分には有り得ないくらい向いてない仕事に就いてさ、歯を食いしばって稼いだお金で返したのも、何だかんだ自信になったし。
それに、ダンナともその職場で出会えたし。今はね、彼との毎日のいろいろ…彼の笑い声とか考え方とか、俺への接し方とか好みとか、そういう小さいことが全部想い出になるって思うんだ」
いずれ、死が2人を分かつとも。笑い声、大きな掌の温み、好きだった料理…きっと、俺は最期まで宇津木さんとの想い出を引っ提げて、あの世に旅立つんだと思う。無意識に、左手薬指の結婚指輪を撫でていた。
「底抜けのバカね。人が好すぎんのよ、アンタ」
自信になったとか有り得ないから、とメイが吐き捨てる。
「…それなら、少し原稿書けそう。ありがとう、沖田様」
羊子が、にこりと笑った。この学院での生活で、自分が受け取ったもの。暗闇の中を手探りで歩くような8ヶ月だったけど、ほんの小さな光があれば、後で振り返ったときに愛おしい想い出になるのだろう。自分とは正反対の強くて美しいお友達。自分のために真剣に話を聞いて動いてくれる大人の友人。光はもう、手にしている。
〈つづく〉
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