第14話 桜の記憶は、風に消える

 あの日は風が強くて。桜の花びらがくるくると舞っていた。


 「お姉様!祥子姉様!」


 白鳥の浮かぶ池にかかる小さな橋を、おさげの少女が駆ける。池の真ん中の小島。満開の桜の大木の下に立つ女は、艶やかなロングヘアを風に遊ばせていた。


 「お姉様…学院を辞めるって本当ですか!?」


 ロングヘアの女に、おさげの少女が取り縋る。


 「本当よ。ごめんね、文子ちゃん…ずっと一緒よって約束したのに」


 祥子が、文子を宥めるように抱き締めた。


 「そんな…どうして…!」


 「…お父様の勧めで、お嫁に行くことになったの」


 文子が、唇をかむ。祥子の実家――清谷家が清蘭女学院の運営に失敗して、家計が苦しいという話は聞いていた。それに、学院への融資と引き換えのような縁談が持ち上がっていることも。


 「ひどいわ…そんな結婚!」


 お美しい祥子姉様。日本人形のような美貌とたおやかな佇まい、上品でお優しくて、「桜の宮」と綽名されるのにふさわしい方。そんな方が売られるようにお嫁に行くなんて!文子の目から涙が溢れた。


 「泣かないで、文子ちゃん…。この身はお嫁に行ってしまうけれど、心はずっと文子ちゃんと一緒よ。私が愛を捧げるのは、あなただけ…」


 ひときわ大きな風が吹いて、桜の花びらが激しく舞いあがる。2人は、花影に隠れるようにして、最初で最後の口づけを交わした。




 「茅萱先生!」


 池のほとりに立つ教頭に、春陽が声をかける。


 「――ああ、寺岡さん」


 振り向いた教頭は、一瞬惚けているように見えたが、すぐにいつもの厳格な表情を取り戻した。


 「桜…見てらしたんですか」


 「ええ。…もう老衰で、中が腐り始めているそうなの。倒木の危険を避けて、伐採することになりました」


 「そうですか…寂しいですね」


 春陽がしんみりと相槌を打つ。


 「そうね。ところで、何かご用かしら」


 「あ、はい!燦光寮の清掃員の調査と、退学者の追跡調査が終わりましたので、ご報告差し上げたくて」


 「わかりました。教頭室で伺います」


 教頭が先に立って踵を返した。




 「まぁ…火野寺さんが?」


 教頭室の応接セットに腰かけた教頭が、報告書に目を通しながら眼鏡を押し上げた。


 「ええ、その他数名の女生徒と一緒になって、清掃員を使って“贈り物”を置いていたようです」


 「やっぱり、生徒の悪戯だったわね。こんなことで大騒ぎした大謝名さんには、よく指導しておきます」


 春陽が複雑な笑みを浮かべた。個人的には華絵もやりすぎだと思うが、調査結果をどう判断するかは学院の問題だ。


 「それと、退学者ですが、7年前から毎年1人ずつ“特待生に限って”行方不明者が出ています」


 「ああ…悩んで失踪した生徒達。まだ見つかっていないのね。お気の毒に」


 まるで他人事のような言いぶりに、春陽はカチンと来た。


 「あの!茅萱先生。OGとして言わせていただきます。毎年、特待生が悩んで1人ずつ消えるって、異常ですわ。学院の受け入れ態勢が問われてもおかしくありません。何か、問題があるのではないでしょうか」


 茅萱教頭は、ふーっと息を吐いた。


 「悩んで出ていったのなら、お家での教育にも問題があったのでしょう。特待生というのは…そういう面で難しい子が多いですから。それに、特待生の制度については、理事長の専権事項です。今のお話は、理事長の方へ持って行ってください」


 「あ…そうなんですか。わかりました」


 さっそく理事長にアポを取ろうと、春陽がソファから立ち上がった。


 「ご報告は以上です。報告書に関して何か質問等ありましたら、私か、第3情報解析班の方へお問い合わせください。では、失礼いたします」


 「寺岡さん」


 お辞儀をしてドアに向かった背中を呼び止められた。春陽が振り返る。


 「異常だとか、問題だとか…ものの言い方が男性のようにキツくなっていますよ。女性なのですから、もっと柔らかくお話しなさい」


 「…ご指摘、ありがとうございます。では」


 もう一度お辞儀をし、ドアを閉める。7人もの失踪は、ゆったり、ふんわり、婉曲に話すような話題ではない。決然として規則的な、軍人らしいヒール音が教頭室を離れていった。


〈つづく〉

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