第11話 零度の闇と貴女の温もり
清蘭女学院高校では、女生徒達が落胆していた。昨日、一昨日と大謝名メイについていた警護の男2人が、今日から来なくなってしまったのだ。2人とも美しい容貌に無駄のない身ごなし。凛とした制服がよく映えていた。卑しい0番街出身の大謝名メイなんかを警護していたのは癪でたまらないが、きっと金にあかせて雇ったのだろう。――お2人だって、本心では(私達のように)ちゃんとした家庭の令嬢を守りたかったに違いないわ!
「…やっぱり、茅萱先生を怒らせてしまわれたのかしら…」
2年生の少女が呟く。
「あと、残る男性はカフェテリアの沖田様だけね…」
慣れない仕事に精一杯取り組み、女生徒皆に満面の笑顔と優しい口調で接する颯は、そのキュートさで女生徒達の人気者になっていた。
「そういえば、沖田様、カトル・エトワールのお茶会に招かれたのですって」
「まぁ!どなたをガールフレンドになさるのかしら?」
若い男女がいれば恋の噂に結びつけたくなるお年頃。まして、カトル・エトワールの面々はいずれも劣らぬ才色兼備で、女生徒達の憧れの的だ。
「…それがね、4人のうち誰をもデートにお誘いにならなかったんですって」
当然である。颯は夫のある身だし、生徒への接触は、学院側にキツく禁じられているのだ。
「ま!他に想われる生徒がいらっしゃるのかしら?」
だから、ダメなんだって。ノーモア女生徒。ダメ、絶対。本人達は一人前のレディ気分かもしれないが。
「なんだか、気にかけている生徒がいるらしいんですの。お茶会でも彼女たちのお話ばっかりなさっていたとか」
「その生徒っていうのが、ひどいわよ。森田羊子様と大謝名メイ様」
話を聞いていた少女達が目を見開く。
「森田様のどこを好きになるの?いつも暗―く俯いて本を読んでいるだけじゃない。話しかけても、小さい声で何だか分からないことをボソボソおっしゃって。気味が悪いわ」
「大謝名様なんて、そりゃお顔は美しいけど、0番街なんかのご出身よ。粗暴で尊大で失礼で、とても心がお美しいとは言えないわ」
なぜ、燦めくお星様のようなカトル・エトワールの面々を無視して、そんな学園の底辺を這いまわる魔女のような少女達を構うのか。本来ならば、家柄も容姿も立ち居振る舞いも整った優秀な少女が愛されるべきではないのか。まだ若く無知な女生徒達には、さっぱり納得がいかなかった。
「何か、おかしいわよね…。こうなったら、皆で本当のことを聞きに行きませんこと?」
「本当のこと?」
「そうよ、どうやって沖田様を縛り付けてらっしゃるのか。洗いざらい話して、謝っていただかないと!」
暗い炎が燃え上がった。
「…で、アンタ達はアタシと森田を呼び出したってわけ?」
メイが顎を上げて、少女たちを斜に見た。人気も途絶えたカフェテリアのキッチン。女生徒達のお掃除タイムは職員の休憩時間に充てられている。
「そうですわ。こんなおかしなことってありませんもの。本来なら優秀なカトル・エトワールの方々が選ばれるはずなのに」
メイがクッと喉を鳴らして嗤った。あの鼻持ちならない4人がフラれるなんて、ざまぁみろ。
「ん~、わかってないなぁ。人を好きになるのに“本来”とか“あるべき”とかクソくらえよ」
ニヤリとメイの瞳が光る。ちょっと揶揄ってやろう。
「沖田はぁ、親の地位でお高く留まっただけのションベンくさいメスガキより、アタシみたいな綺麗で強いコが好きなんだって。ココアも特別製だし。食事に行こうって毎日誘われるけど、アタシはそんなお安い女じゃないわよって言ってやったら、ルブタンのパンプス買ってきてさぁ。これで踏んでほしいとかウケるコト言い出してぇ」
わなわなと少女たちが震える。
「わかる?“べき”とかじゃないのよ。沖田はそういうヤツ。それだけよ。単純だけど、コレが現実♪」
ふふん、とメイが勝ち誇った笑みを浮かべた。もはや颯のイメージは、めちゃくちゃである。
「じゃあ、じゃあ森田様は何なのよ!?」
「知らないわよ。森田に聞けば?」
メイが、ちろ、と羊子を見る。少女達の目がぎろりと羊子に集中した。
「あ…あの、私はただのお友達で…ハーブとか園芸の話、してるだけで…。あの、沖田さんもハーブとか好きなんだと思う…。いつも本読んでるから、詳しいって思われてるだけ…」
羊子が真っ赤になって、小さな声で言い訳する。
「ハッ、ウケる!やっぱ、上品なだけのつまんない女に用はないってことよねぇ」
けらけらとメイが笑う。羊子も本で口元を隠して、くすりと笑った。
――大謝名様の物言いは乱暴だけど、なぜかいつも爽快。
「カトル・エトワールの皆様は、いずれも才色兼備よ!つまらないはずがないわ!」
「そうよ、侮辱よ!」
少女達が気色ばむ。
「…は?カトル・エトワールとアンタ達と何の関係があるのよ。代わりに話ツメてこいって言われてんの?」
メイが目を瞬いた。喧嘩も自分でできないとか、だっさ。
「カトル・エトワールの皆様は、お優しいから、こんな屈辱的なことも我慢なさっているけど…。私たちが許せないのよ!こんな、筋の通らない話!!」
「へー。頼まれてもいない他人の話ツメるために呼び出して必死とか、ワケわかんないんですけど」
メイが髪をかき上げてキッチンの出口に足を向ける。――喧嘩なら自分のプライドかけて掛かって来いよ。他人担ぎ上げてピーピー騒ぐのなんか、バカバカしくて付き合ってられない。
「駄目よ!逃がさないわ!!」
「反省なさいよね!!」
少女達がメイと羊子につかみかかった。そのまま、冷蔵室を開けて2人を中へ突き飛ばす。あっという間にドアが閉じられた。完全な暗闇の中、メイが殴ったり蹴ったりするが、ドアはびくともしない。
「…暴れちゃだめよ。大謝名様」
暗がりの中から羊子のか細い声がする。
「冷蔵室は密閉されるから、空気が少ないの。暴れたら余計に酸素を消耗してしまうわ」
「そんな…死ぬじゃん!外に知らせないと…!!」
ぽう…と明かりが灯った。羊子がスマホを作動させたのだ。
「職員の方が休憩から戻ってくる時が、知らせるチャンスよ。あと30分…」
「ちょ…凍え死ぬでしょ!?そうだ、アンタのスマホで誰かに電話かけて…!」
メイが焦りきった声を立てる。
「圏外なの」
メイがぺたりとへたり込んだ。もう凍死するしかないのか。唐突に、羊子がふわりと抱きついて来た。
「へ!?なんなのアンタ!アタシはそっちの趣味はないわよ!」
もがくメイを、羊子がぎゅっと抱き締める。
「くっついて、体温を保ちましょう。室内温は0℃以上のはずだし、少しマシになるわ」
羊子が、スマホのアラームを仕掛けた。しばらくするとスクリーンの光が消え、2人はまた完全な暗闇に呑み込まれた。
温かな手が、手探りでメイの手を握る。容赦ない冷気の中で、お互いの体温は命の源のように感じられた。知らず、ドアにもたれて堅く抱き合う。
「…大謝名様は、いつ、この学院にいらしたの?」
羊子が躊躇いがちに尋ねた。本当ならお喋りも酸素の無駄遣いだ。しかし、普段寡黙な羊子でも、心細さと不安ではち切れそうで、とても黙ってなどいられなかった。
「中等部からよ。12歳の時。お兄ちゃんが入れって言ったから」
暗闇に話しかけて、暗闇から応えが返ってくる。何だか不思議。
「それ以前は、…0番街の学校に?」
0番街の話なんかして、メイが傷つかないか心配になったが、他に話題もない。
「0番街に学校なんかないわよ。まともな親なら、読み書きと計算は自分で子供に教えるけど」
メイがサラリと返してくる。
「あと、親がまともじゃない奴は、仲間から教えてもらう。アタシはバカだけど、お兄ちゃんは頭良くてさ。知らない奴まで噂を聞いて教わりに来るぐらい。習った奴から舎弟がいっぱいできて、呑んだくれの親父を組長にして、組、作ったの」
「ヤクザ…?さんって、普段何してるの?」
市部に生まれ育った羊子には、想像もつかない世界。
「いろいろ。男達を集めて市部の工事現場とかに連れていって仕事させたり、娼館とか酒場では0番街の女達を雇っているわ」
「娼館って、あの、女の人達を…?」
「何よ。ウチの傘下の店は優良店よ。ひどくピンハネすることもないし、定期的に医者に診せて女達の健康管理もしっかりやってるわ。子連れだとか病気の親を看てるとか事情のある女には、ちゃんと配慮して仕事回してるし」
メイがぷく、と頬を膨らませる。そう、人足にしても娼婦にしても、お兄ちゃんは適正ラインを見極めて、酷く当たりすぎないようにしているのだ。いわゆる、生かさず殺さず…って良い意味だっけ、悪い意味だっけ?
「あと、親が手に負えない悪ガキを引き受けて勉強教えて…“卒業”できる奴には、まともな仕事を紹介する。“卒業”できない奴は組で面倒を見る」
急に涙が出てきた。お兄ちゃんは、メイにも「“卒業”しろ」と言っているのだ。0番街を抜け出して、市部のまともな家に嫁に行け、と。
「ア…アンタは?高等部からだよね。なんでこの学校に来たの?」
ベソかき声がバレないように、ツンとした声を作る。
「あの…ね。公立のジュニア・ハイ・スクールに通っていたんだけど、2月に清蘭の人が来たの。社会事業として、貧しい家庭から毎年1人、特待生を受け入れているから来ないか…って」
羊子がおずおずと口にした。特待生は、授業料も寮費も無償だ。さらに、少額ながら奨学金もつく。
「へー、特待生。アンタ、頭いいの?」
メイは試験や成績に無関心だから、よく分からない。
「これから伸びる子を…って言われて入学して…成績は中の上…くらい…。何だかそれも、申し訳なくて」
羊子がか細い声で応える。清蘭女学院高校で成績上位の生徒は、清蘭女子大学ではなく、外の有名大学に進む。いわゆるガリガリの進学校には敵わないものの、それなりに各界に卒業生を輩出しているのだ。
「お誘いを受けたときは、ラッキーって思ったわ。先輩方みたいに立派なキャリアを積む道が開けたと思ったの…。私が成功すれば、母にも恩返しできる…って。あの、ウチは母子家庭で、母が色々苦労してるの、見てきたから…」
普通に公立のハイ・スクールを出て、奨学ローンを組んでシティ・カレッジに行くよりもずっと高い地位に手を伸ばせる。チャンスだと思った。
「でも、今はもう、別世界の話のような気がしてる…。ダメよね、こんなにすぐに挫けちゃ…」
羊子が鼻をすすり上げる音がした。
「…だって、別世界なんだもん」
メイの固い声が響く。
「アタシもさ、この学校に入ったとき、お兄ちゃんに言われたわ。この学校で上品な立ち居振る舞いを学んで、上流の友達をいっぱい作って、女を磨けって。アタシの美貌にお嬢様のマナーが身につけば無敵だ、市部の女になんか負けない。0番街を飛び出してモデルだって女優だってなれるし、とびきり良いお家に嫁に行ける、って」
メイが、ぎり…と歯ぎしりする。
「だからさ、最初はアタシも頑張ったんだよ。お兄ちゃんに高い学費と寮費も払ってもらってさ。とにかく早く市部のお嬢様と同じになろうって。同じような服着て、同じように歩いて、同じような映画や本を見てカンドーして、同じような音楽を好きになって、同じように笑って、同じように考える」
それでも。
「でも…ダメ。最後は結局、“0番街”って言われる。アタシがどれだけ走って藻掻いて変身した気でも周りは絶対、忘れない。あいつの正体は“0番街”だ…って。一生、ついて回るのよ」
もう、鼻を啜るのも止められない。涙が後から後から湧いてくる。
「…0番街の仲間をバカにされて、それでも一緒に笑わなきゃ、イジられて美味しいって思わなきゃ…って思った自分にゾッとしたわ。そこまで仲間も想い出もプライドも捨てて、本当にクラスの皆と同じお嬢様になれるの?ていうか、なりたいの?…って」
冷気に晒された涙が頬に貼り付いて痛い。まさか、跡が残ったりしないでしょうね。
「無理なのよ!優雅な顔するために必死で水を蹴る白鳥…なんて!」
それに、よく校庭の白鳥にパンをやってるけど、あいつらの水蹴り、余裕だし。カモやアヒルと大して違わない。
「…メイ…様…、泣いてるの?」
羊子の指が、慎重にメイの頬を這って、涙をぬぐい取った。
「変よね…。流す涙は、皆同じように温かいのに…」
メイの頬に、ふわりと柔らかいものが触れる。涙の跡に口づけられたのだと、一拍おいて気付いた。
「えと、あの…」
メイがわたわたと手を動かす。羊子の指がメイの腕を辿って手を探し当て、指を絡めた。
「大謝名様のこと、“メイ様”って呼んでいい…?」
絡めた手が羊子の口元に持っていかれ、また柔らかな唇が押し当てられる。人の肌の温もりなど何年ぶりだろう。0番街にいた頃は、仲間達と仔犬のように転げ回っていたのに。
「…いーわよ。アタシは“様”なんてつけないで、“羊子”って呼ぶけど」
「嬉しい!下の名前で呼んでもらえるなんて、ジュニア・ハイを卒業して以来だわ」
握られた手が、むにゅ、と羊子の胸元に押し付けられる。
――…感動?これ、感動の表現だよね?きっとね?
そのとき、羊子のアラームが鳴った。職員が戻ってくる時間だ。2人して、力一杯ドアを叩く。
「誰…?ていうか、2人ともどうしたの!?」
ドアが開いた先には、颯が立っていた。
「うわぁぁぁあん!!」
「沖田さぁぁぁあん!!」
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、2人が颯に抱きついた。
「大丈夫!?今、温かい飲み物を作るからね!」
冷え切った2人の身体を抱き締める。冷蔵室のドアは、閉じ込み防止のため内側からは閉められない造りになっている。ロックまでしっかりかかっていたということは、誰かが外から閉めたということだ。他の生徒達が…?メイがよくロッカーやゴミ置き場に閉じ込められる話は聞いている。
――ちょっと…もう悪ふざけの域じゃないよね…。
こんな時、カフェテリア職員はどうしたら良いのだろう。誰か教員に訴える?誰に?どんな立場で?
「2人とも、ココア飲み終わったら先生のとこ行こう。ね?俺がついていくから」
とにかく、一人の大人として放ってはおけない。宇津木のスマホ宛てに遅くなる旨メッセージを入れた。
〈つづく〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます