閑話その三「次男・蓮、優しさのカラ回り」
「いいから、ほっとけよ!」
蓮(れん)は教室を飛び出した。
あの瞬間、誰かが「またか」と呟いたのが聞こえた気がして、心がずきんとした。
廊下を走って、靴を突っかけて校舎を出る。
中学三年の春。
気づけば“問題児”のレッテルを貼られていた。
でも、蓮は誰かをいじめたわけじゃない。
逆だ。困ってるやつを見ると、止めずにいられなかった。
「見て見ぬふり」ができないだけだった。
◆
あの日、クラスメイトが飼育小屋の掃除を押しつけられていた。
みんな、見て見ぬふりをした。先生も見て見ぬふりだった。
でも、蓮だけは、それがどうしても許せなかった。
「なあ、お前も手伝えよ!」と叫んだ。
すると、押しつけられていた子が「大丈夫、慣れてるから」って笑った。
その瞬間、わかってしまった。
「慣れてる」って、「ずっと我慢してた」ってことなんだって。
でもその場の空気は、蓮に冷たかった。
「またヒーロー気取りかよ」
「そんなんだから浮くんだよ」
翌日から、蓮の机に無言の“落書き”が現れるようになった。
でも、誰にも言わなかった。
◆
家に帰っても、姉の咲良は仕事、兄の大地は就活。
琴音と陽太は宿題で手一杯。
誰も悪くないけど、蓮の孤独は、じわじわ広がっていた。
ある晩、夕飯の席で陽太が「ランドセルのポケットにカエル入れられた」と泣いた。
「何それ、最低じゃん。先生に言ったの?」
「……言ってない。言ったら、またなんかされるかもだし」
陽太のその表情に、蓮はゾクリとした。
「やめとこう」って選択肢が、あまりにも似ていたから。
◆
その夜、蓮は母・春子の部屋にこっそり入った。
春子がいなくなったあと、誰も使っていない。
タンスの中から、小さな木箱を見つけた。
開けると、懐かしいカードが入っていた。
——「れんくん おたんじょうびおめでとう♡」
小さな字で、「おおきくなっても そのままでいてね」と書いてある。
春子が、毎年くれた手紙の束だった。
「変わらなくていいよ。れんの優しさ、大好きだから」
そんな言葉が並んでいる。
優しさが、間違いじゃなかったと思える。
でも、誰かにぶつけても、届かないときがある。
——それでも。
「おれ、ママの言った通りの人間でいられてるかな……」
涙が落ちた。でも、それは悲しみよりも、少しの安心だった。
◆
翌朝、蓮はランドセルを背負う陽太に小さく言った。
「もしまた何かされたら、兄ちゃんが一緒に言ってやるから」
「……先生に?」
「うん。でも、お前が怖いなら、代わりに俺が怒る」
「ほんとに?」
「うん。だってそれ、ママがやってたやつだし」
陽太は安心したように笑った。
蓮もまた、すこしだけ胸を張って学校に向かった。
誰かに届かなくても、自分の中の“優しさ”だけは、裏切らないように。
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