閑話その三「次男・蓮、優しさのカラ回り」

「いいから、ほっとけよ!」


 


蓮(れん)は教室を飛び出した。

あの瞬間、誰かが「またか」と呟いたのが聞こえた気がして、心がずきんとした。


 


廊下を走って、靴を突っかけて校舎を出る。


中学三年の春。

気づけば“問題児”のレッテルを貼られていた。


 


でも、蓮は誰かをいじめたわけじゃない。

逆だ。困ってるやつを見ると、止めずにいられなかった。


 


「見て見ぬふり」ができないだけだった。


 



 


あの日、クラスメイトが飼育小屋の掃除を押しつけられていた。


みんな、見て見ぬふりをした。先生も見て見ぬふりだった。


でも、蓮だけは、それがどうしても許せなかった。


 


「なあ、お前も手伝えよ!」と叫んだ。

すると、押しつけられていた子が「大丈夫、慣れてるから」って笑った。


 


その瞬間、わかってしまった。


「慣れてる」って、「ずっと我慢してた」ってことなんだって。


 


でもその場の空気は、蓮に冷たかった。


「またヒーロー気取りかよ」

「そんなんだから浮くんだよ」


 


翌日から、蓮の机に無言の“落書き”が現れるようになった。


でも、誰にも言わなかった。


 



 


家に帰っても、姉の咲良は仕事、兄の大地は就活。

琴音と陽太は宿題で手一杯。


誰も悪くないけど、蓮の孤独は、じわじわ広がっていた。


 


ある晩、夕飯の席で陽太が「ランドセルのポケットにカエル入れられた」と泣いた。


 


「何それ、最低じゃん。先生に言ったの?」


「……言ってない。言ったら、またなんかされるかもだし」


 


陽太のその表情に、蓮はゾクリとした。


「やめとこう」って選択肢が、あまりにも似ていたから。


 



 


その夜、蓮は母・春子の部屋にこっそり入った。


春子がいなくなったあと、誰も使っていない。


タンスの中から、小さな木箱を見つけた。


開けると、懐かしいカードが入っていた。


——「れんくん おたんじょうびおめでとう♡」


小さな字で、「おおきくなっても そのままでいてね」と書いてある。


 


春子が、毎年くれた手紙の束だった。


「変わらなくていいよ。れんの優しさ、大好きだから」


そんな言葉が並んでいる。


 


優しさが、間違いじゃなかったと思える。

でも、誰かにぶつけても、届かないときがある。


 


——それでも。


 


「おれ、ママの言った通りの人間でいられてるかな……」


 


涙が落ちた。でも、それは悲しみよりも、少しの安心だった。


 



 


翌朝、蓮はランドセルを背負う陽太に小さく言った。


「もしまた何かされたら、兄ちゃんが一緒に言ってやるから」


「……先生に?」


「うん。でも、お前が怖いなら、代わりに俺が怒る」


「ほんとに?」


「うん。だってそれ、ママがやってたやつだし」


 


陽太は安心したように笑った。


蓮もまた、すこしだけ胸を張って学校に向かった。


 


誰かに届かなくても、自分の中の“優しさ”だけは、裏切らないように。

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