異世界ママ、今日も元気に無双中!

チャチャ

第1話「え、私死んだの? え、どこここ? 魔法? は??」

気がついたら、空が青かった。


真っ青っていうか、濃い藍色みたいな空で、ぽかんと白い月がふたつも浮かんでる。いや、ちょっと待って月ふたつ? あれ? 私さっきまでお弁当作ってたよね? で、そのあとパート行って、スーパーで特売の卵買って、帰り道の工事現場の横を歩いてて……。


 


……あ。


 


「あの鉄骨……落ちてきたんだった」


 


ぽつりと声に出して、私はごろんと空を見た。


え、これ、まさかだけど――


 


「私、死んだの……?」


 


えっっっっ!?!?!?!?!?!?!?!?


ちょ、ちょっと待ってよ! ちょっと! え、私まだ死ぬ年じゃないし!? まだ子どもたち全員成人してないし!? ていうか、長女の反抗期、ようやく終わったとこだったのよ!? なんで!? ねえ誰か説明して!?


 


「……落ち着いてください、目が覚めたんですね?」


 


「……へ?」


 


声のした方を見ると、そこには――


……え、なにこの美少女。


まっすぐな銀髪に、つやつやの瞳。白と水色のローブを着た女の子が、私の頭の下に枕……じゃなくて自分の膝を入れて、優しく見下ろしていた。これって、いわゆる“膝枕”ってやつじゃない?


え、誰? 天使? 異世界の女神? それとも最近流行りのVTuber?(違う)


 


「ここは、ルルフィアの森。あなたは魔力に満ちた“迷い人”としてこの世界に現れました。体は問題ありません。けがもなく、健康体です」


 


「え? あ、そう……えっと、あなたは?」


 


「私はティア。この村の巫女をしています。あなたのような迷い人をお迎えするのも、私の仕事のひとつです」


 


ああ、なんか……妙に丁寧な説明口調っていうか、テンプレ的っていうか……。


でもまあ、落ち着こう。話を整理しよう。


 


・私は主婦。

・五人の子どもを育ててる最中で、年齢は四十ちょい。

・工事現場で鉄骨に巻き込まれて気を失った。

・目が覚めたら月が二個の森の中。

・銀髪美少女に膝枕されている。


 


……どう考えても異世界転生ですね、はい。


いや待って。認めるの早くない!? でもでも、現実的に考えて他に選択肢ある!? いやない!


 


「というわけで……私、たぶん、死んで……異世界転生したんですね?」


 


「ええ。ですが、生まれ変わったというよりは“転移”に近いです。この世界の神々の力によって、あなたの魂はこの体に宿りました」


 


「……この体?」


 


「はい。元々この森で倒れていた女性の体です。命を失っていましたが、器として再生しました。あなたの魂と魔力の融合により、今のあなたが存在しています」


 


……うん、つまり。


この体、もともとは別の人のものだったんだ……。なんか複雑だけど、でも助けてもらったなら、ありがとうって言うしかないよね。


 


「えっと……ティアちゃん。ありがとう。いろいろショックだけど……助けてくれて、感謝してます」


 


「いえ、こちらこそ。あなたの魂が強くて……村を救う兆しと、巫女の夢に出てきたのです」


 


「……私が? 救世主?」


 


「はい、特別なスキルもお持ちです」


 


「え、ちょ、ちょっと待ってスキル!? 出たよゲームっぽいワード!? まさかのチート展開!? なにそれどうやって確認するの!?」


 


「この水晶に手をかざしてみてください」


 


差し出されたのは、手のひらサイズの青い宝石。おそるおそる手をかざすと――


 


 【個人ステータス】

 名前:ハルリエッタ(※器の元の名前)

 年齢:36(外見年齢)

 種族:人間

 称号:迷い人/慈愛の母

 スキル:洗濯魔法(全体)、料理強化(周囲バフ)、説教(精神ダメージ)、収納空間(生活用具限定)

 特性:親和力上昇、信頼度上昇、怒ると怖い


 


「……え? これ、スキルって……」


 


「とても珍しいです。“生活系魔法”は通常、戦闘に向きませんが……この“全体洗濯魔法”は、敵の装備をまとめて清掃することでデバフ効果を発揮する可能性があります」


 


「なにそれ地味に有能!?」


 


「あと、料理強化は――ご飯を食べた人にバフをかけるという、支援魔法の一種です」


 


……これ、アレじゃない?


私が日頃やってた「洗濯」「料理」「説教」あたりが、そのまま魔法スキルになってるってことじゃない!?


いやいや、ツッコミどころ多すぎるって!!


でも、なんだろう……ちょっと笑えてきた。


 


「ふふ、なんか……これ、夢みたいですね」


 


「え?」


 


「主婦してただけなのに……まさかそれがスキルになるなんてさ。なんか、報われた気がする」


 


私はそっと、自分の手を見た。しわも少し消えてる気がするし、なんか若返ってる気もする。まるで、第二の人生みたいだ。


 


「よーし、せっかく生き返ったんだし……やるか。異世界生活!」


 


◇ ◇ ◇


 


その後、私はティアちゃんに案内されて、村の小さな家に住むことになった。元・巫女の実家らしくて、家の中には必要なものがひととおり揃ってる。ありがたい。


 


で、さっそくやったのが――


「はい、洗濯魔法~!!」


 


バッと外に干してあった、くたびれた布たちに向かって両手を広げると、キラキラした泡のような魔力がふわ~っと広がって……え、これ、すごい。


「……新品みたいにふわふわになった!? え、なにこれすごい!!」


 


村の人たちも集まってきて「うちのもお願い!」「うちもよぉ!」と大騒ぎに。最初はびっくりしたけど、なんかもう、洗濯大会みたいで笑えてきた。


 


そうだよね。どこに行っても、洗濯物はたまるし、ごはんは食べるし。


結局、人が生きてる限り、誰かが“主婦”をやらなきゃいけないんだ。


 


なら――私がやるよ。

得意だし、好きだから。


 


……でも、たまには冒険とかもしちゃって、ね?


 


「異世界ママ、今日も元気に洗濯して、明日もちょっぴり無双しちゃいまーす!」

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