毎晩現れる顔


 毎晩、23時ちょうどにチャイムが鳴る。


 最初は偶然かと思っていた。でも、三日、四日と続くうちに、私は「これはなにかおかしい」と思い始めた。


 部屋はオートロック付きのマンション。宅配の予定もないし、インターホンのカメラにはいつも誰も映っていない。


 ただ、ピンポーンという音だけが、毎晩、決まって同じ時間に鳴るのだ。



 ある夜、私は恐る恐る、玄関の覗き穴を覗いてみた。


 すると――


 “顔”があった。


 ドアのすぐ向こうに、真っ白な女の顔。それも、目だけが異様に大きく、じっとこちらを見開いている。


 私は叫び声をあげて後ろに倒れ込んだ。



 だが、それ以上のことは起きなかった。気がつけばチャイムの音は止み、顔も消えていた。


 警察や大家に相談した。


「カメラには何も映っていません。イタズラか、機械の不調かもしれませんね」


 あっさりした反応だった。


 でも、私は確かに“見た”のだ。



 それからというもの、毎晩23時が近づくと、私は落ち着かなくなった。チャイムと共に、あの顔が、覗き穴に現れる。


 その視線が怖くて、私は次第に覗くことすらやめた。夜が来るたび、イヤホンで音楽を流したり、テレビの音を大きくしたりして、チャイムの音をかき消そうとした。時には布団を頭までかぶって、ただひたすら朝が来るのを待った。


 誰かに相談しようにも、実家は遠方で簡単には帰れない。上京してからまだ間もなく、親しい友人もいなかった。逃げ場のない恐怖が、私の生活をじわじわと侵食していった。



 そして、一週間が過ぎた夜。


 今度は、違う音がした。


 ――カサッ。


 ドアの内側にある郵便受けから、何かが落ちた音だった。


 恐る恐る確認すると、そこには一枚の紙が落ちていた。


 白い便箋。そこに、血のように赤いインクで書かれていた。


「逃げて」


 その一言を見た瞬間、思考が吹き飛んだ。


 私は荷物も持たず、スマホと財布だけを握って、部屋を飛び出した。



 それから数日間、漫画喫茶を転々として過ごした。落ち着かない夜が続いたが、少なくともあの顔は現れなかった。


 そしてある日。


 スマホのニュースアプリに、ある見出しが目に飛び込んできた。


『○○区のマンションの一室で遺体が発見されました。その部屋の住人である男(34)を、警察は殺人の容疑で逮捕しました』


 私は凍りついた。


 ――隣の部屋だ。


 そして、画面に映った被害者の顔写真を見た瞬間、息が止まった。


 それは……あの“顔”だった。



 覗き穴の向こうで、毎晩私を見つめていた顔。


 つまりあれは、“私を害そうとしていた”のではなかった。


 私に危険を知らせようと、助けを求めて――


 インターホンを鳴らしていた、“被害者”の顔だったのだ。

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