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 秋だった。

 早朝、黛西寺から降りて町と反対の林道へ入っていく手前、公衆便所の壁に背を預けて座り込む姿勢で、條漸が死んでいた。

 作務衣は吐血に汚れていたが目立った外傷はなく、ただ胸から腹にかけていくつかの痣があり、たったそれだけだったのに、ほとんどの内臓が嵐の後の浜辺のようにめちゃくちゃに損壊していた。

 それこそが殺人拳・黛西寺流の術理の神髄だと、誰もが理解していながら、誰も口にできなかった。

 前の晩に何があったのかは定かでなく、ただ事実として、朝日奈釉子と名乗っていた女はその朝、町から跡形もなく姿を消し、空き家は元の空き家に戻っていた。

 まるで、人々が彼女と過ごした一年など、束の間の夢だったかのように。

 條厳は息子の死を公には事故死として処理させた。そそくさと葬儀を済ませ、ぴちりと閉め切った部屋に弟子を集めると、一言だけ告げた――『あの女は、天狗が化けていた』と。

 程なく、大師範・條厳に宛てて、差出人のない手紙が届いた。

 曰く――「次の夏が来る前に、来年七月の最初の日曜日、またお寺へ遊びに行こうと思います」と。

 黛西寺流への、ひとりの女の宣戦布告だった。

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