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黛西寺の直弟子の中でも特に技に秀でる條謙・條按・條淡と、その他、若手の修行僧六名。
全国から呼び集められた、保竹・桝川兄弟・知草・御厨。
間違いなく、伝統ある黛西寺流を次代に継ぐ者たちとしての最高戦力が境内に揃っていた。
誰ひとりとして、武器の類を携えてなどいない。その理由は明白で、得物を使うよりも黛西寺流の方が速く正確に対象を制圧できるからだ。仮に拳銃が相手だとしても、修行僧の脚捌きを目で捉えて狙いを定めるまでの数秒で接近し首の骨を折ることが可能である。
日は次第に白いまま明るくなっていった。
古木は葉をさわさわと揺らす。夏がすぐそこまで来ている。
「皆様、本日はご足労頂きありがとうございます。大師範・條厳に代わり、心よりのお礼を申し上げます」
條按が、天狗殺しのための客将たちに深々と頭を下げる。
條漸の死後少しすると、條厳が人前に姿を現すことはほとんどなくなった。本堂の奥の間に篭り、時折、静かに稽古場を覗きに来るくらいである。
しかし、耄碌したわけではなかった。襖の内側から、條按や條謙を使者として、老人はこの町への支配力を、あるいは世界への密やかな影響力を維持していた。
町議や警察まで含めて、この町の人々は誰しも黛西寺の大師範の声を求めている。黛西寺の守りのある限り、この町は安寧である――そういう信仰の形があった。
その黛西寺が、脅かされている。ひとりの女の手によって。
「堅苦しい挨拶はよせ。それより――釉子の奴はいつ来るって?」
鬼桝が頭をがしがしと掻きながら口を挟む。
「生憎、時間までは……ですので、朝から交代で見回りをしていたのですが……」
「何でえ、儂らが着く前にここが更地になってたかもしれねえってのか」
「に、兄さん……!」
條按の説明を、鬼桝は鼻で笑い飛ばした。巨体に似合わず小心の星三はそんな兄の横柄さに居心地悪そうにしている。
「まあいい、結果オーライだ。じゃあ、儂らはもう町の方へ下りていっていいな?」
鬼桝の頭にあるのは、万が一にも釉子を狩り逃してはたまらないというその一念のようだった。
條按と條謙が、ちらりと顔を見合わせる。條厳の指示に従って人を集めたものの、拳法の修行で小僧たちをまとめてきた程度の若者に集団戦闘の指揮など執れるわけがないのは道理であった。
はいはい、と手を上げた者がいた。視線が集まる。
知り合いであるらしい保竹を除く誰もが、この男は何者なのだろうかとずっと疑問に思っていた、御厨である。
「朝日奈さんだっけ? その女の子さ、オレはよく知らないんだけど、武器持ってくるとか誰か連れてくるとか、そういう可能性はないわけね?」
「もちろん確証があるわけではありませんが、我々はそう考えています。第一に、黛西寺流の遣い手であれば徒手の方がよほど確実に相手を打倒できると、奴自身も理解しているはずだという点。さらに――」
冷静な顔をしていた條謙が、僅かに言い淀んだ。
「昨年の、漸……條漸の事件を見る限り……奴の動機は、大師範か黛西寺流に対する強い怨恨だと、私は考えています。それ故に奴は、黛西寺流の型で我々を滅ぼすことを重視しているのではないかと」
「オッケー。そうだとしたら、オレは反対かなー。向こうが手ぶらで独りなら、オレたちが握ってる確実な優位性って頭数くらいのもんっしょ? それを活かさない手はない――本堂に篭ってるじいちゃんを狙ってるわけだから、通るルートも絞れるし。ここで全員で待ち構える、一択だね。各個撃破されたら目も当てらんないよ?」
涙型のサングラスの奥で、長い睫毛に飾られた大きな目が、チェシャ猫のような癇に障るにやにや笑いを浮かべている。
「あんだぁ? おい、クソガキ……儂らが単独じゃ女に負けるかもしれんと、そう言いてえわけか? なあ?」
「いやいや、ここの坊さんらが自分たちじゃ勝てないからってオレたちが呼ばれてんじゃん。オレはともかくさあ、おっさんなんか全然余裕で負けんじゃない? ちっとは頭使って喋ってよね」
舌を口の中で回しながら凄んでみせた鬼桝は、御厨に鼻で笑われると、二度目の警告は発しなかった。Tシャツから伸びた太い腕の先が大きな拳骨を作り、軽いフックの軌道で、背の低い御厨の顎の辺りを抉り取るように振るわれた。
「……お?」
「危ないなあ! オレじゃなかったら直撃だよ! 暴力なんて人として最低だ!」
ふわり、と。
踵の高い女物のパンプスを履いているとはとても思えないほど軽々と身を翻していた御厨が、着地する。
「調子に乗るなよ、てめえ、コラ……儂を誰だと」
「もっ、もうやめよう、兄さん、ね」
「まあまあ、気持ちはわかるけれど、その辺りでね」
弟の星三と近くに立っていた保竹が、浅黒い顔に青筋を立てる鬼桝を宥める。
「ちっ……気分悪りい。星三! 行くぞ」
「わ……わかったよ」
あからさまに苛立ちをぶつけるように足下の玉砂利を強く踏み鳴らしながら背中を向け、幅の広い肩を揺すって鬼桝は山を下る石段の方へ歩き出した。それは御厨の策への明確な拒絶であった。
天狗を迎え撃つ――もうじきこの町を訪れる朝日奈釉子という災害に対処するというのが、何の比喩でもなく命の危険を伴うことを、條按たちは事前に説明している。鬼桝もまた、それを承知の上で来たはずだ。
それでもなお、大男の関心は、彼女を打倒してその肢体を愉しむことにしか向いていなかった。目前に現実のものとして迫った命の危機を多少は遠ざける術を提示されてなお、己の欲望の成就を邪魔される方を嫌ったというのだから、それはそれは剛の者であると言えるだろう。
もちろん、この場に残って力を合わせる頭数が減る不利益を考えれば、真っ先に止めるべきは当事者中の当事者である黛西寺の弟子たちだったのであろうが――癖の強い客人同士の揉め事を仲裁して軍団が正しく機能するように動かすなどといった不慣れな振る舞いができるほど、彼らには心の余裕がなかった。
「あーあ。オレ、ああやって人を脅して思い通りにしようとするヤツとか、一番許せないんだよね!」
こちらもこちらで腹を立てているようなことを嘯きつつ、相変わらずのにやにや顔を浮かべている御厨。
「せっかく呼ばれて来たってのに、なーんかみんなのことを仲間だなんて思えなくなっちゃったな! ……いや、違うか。『あんな奴らと一緒にいられるか! オレは独りでやらせてもらう!』」
「なんでわざわざフラグ立てるん」
ぱちん、と風船ガムが弾ける。
スマートフォンを触りながら男たちのやりとりを斜めに聞いていた夏目レイチェル知草が、目を細めて笑っていた。
「縁起だよ、縁起。ほら、オレみたいな奴がさあ、こうやって死亡フラグでふざけておいたら、ちょっとやそっとじゃ死ななさそうじゃん?」
御厨は小さな身体で大きく伸びをして、本当に単独で動こうとしているかのように、自分もまた石段へ向かった。
「ほな私も、早いモン勝ちやんな」
知草も御厨の背中を追って、軽やかに駆けていく。
「……俺も、ひとりがいいんですけど……」
「許されると思っているのか……?」
厳めしい顔に何重にも皺を寄せて、條按はうんざりした顔でため息をつく條淡のつるつるした頭部をごりごりと掴んだ。
「……保竹先生、申し訳ありません。お見苦しいものを」
「いやいや、僕は全く。それより――大師範は、つくづくすごいメンバーを集めたね。呼んだってなかなか来やしない精鋭じゃないか」
客将として唯一境内に残ったのは、保竹八理だった。
彼は彼で泰然として頬を掻いているが、條謙としては彼の力量を最もよく知っているので、その保竹があの慎みのない遣い手たちの戦いぶりを信用しているというのは、希望ではあった。
「それに、散り散りになるのが悪いとは限らないよ。もしかしたら、特攻してくるつもりの彼女も、町中を見回っている僕らの警戒ぶりを見たら考えを変えるかもしれないし」
彼の声音はいつも優しく穏やかだが――
「それに、周りが騒がしければ、それに乗じて近付いた後に拳を叩き込みやすい。これもまた常の理だからね」
人間性までそうであるとは、限らないものだ。
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