おもちゃ箱
蓮司
錆びたおもちゃ箱
俺たちは玩具だ。
今から売られるらしい。
「さぁみなさん!可愛いお洋服と素敵なお顔で新しいご主人様の元に向かいましょうね!」
カラフルなベルトコンベアに乗り、身動きが取れない状態でラッピングされている。
箱はチョコやキャンディのお菓子の模様。
そして赤いキラキラのラメが付いたリボンがあしらわれた。
星の瞳を持つ工場長がニッコリ微笑む。
「貴方達は本当に可愛いわね!きっとご主人様はとても喜んでくれるわ!期待に胸が膨らんじゃうわね!あら。不安そうな顔はしないで?虹色の未来のことだけ考えてね!」
みんなにそう語りかける工場長。
でも玩具達はみんな表情が曇っている。
俺もそんな感じだろう。
ベルトコンベアがピタッと止まる。
すると目の前に自転車に乗った青色のピエロが出てきた。
「んー、君の配属先は女の子!やったね!大当たり!君は運が良いんだねぇ!」
女の子と聞いて少しほっとする。
これで暫くは壊れずに長生きはできる。
安心したのも束の間。
自分を囲んでいた可愛い箱がガバッと剥ぎ取られた。
「おめかしの時間よ♡」
次はアイスを持ったピンクのピエロ。
せっかくラッピングしたというのに可愛い箱はビリビリに裂かれてしまった。
「え!?あなたネイルしたことないの!?長くて細くて素敵な指なのに勿体ないわよ!」
「ロングヘアはお好き?私はヘアアレンジが大好きなの♡リボンを選んでくださる?」
「女の子はスカート一択♡ 乙女の心は自分のスカートが靡いた瞬間から始まるの♡」
一人でぺちゃくちゃと喋りながらササッと俺の身なりを整えていく。
配属先が女の子に決まったからか、全身がピンク色だらけになってしまった。
「さぁ、お次はお家を選びましょう!」
続いてメガネをかけた黄色のピエロ。
「やはりお家は二階建ての一軒家にしましょう。女の子の憧れですからね!」
「屋根の色は赤色にしますか?青色は君に似合いません。…可愛いってことですよ!」
「見てください!このボタンを押せば電球に光が!!これは最先端の技術なんですよ!」
こちらも一人で喋りまくりながら手際よく作業を進めていく。
みんな何万人もの玩具を相手にしているプロだ。
目にも止まらぬ速さで動いている。
「あら。素敵なお人形さんにしてもらったのね。可愛いわよ。似合ってる。」
工場長がまた俺を褒めてくれる。
「さぁ、今からみなさんの新しい人生の始まりよ。心の準備は良いかしら?」
目の前に虹色に輝くゲートがある。
その扉の前で工場長はニッコリと笑みを浮かべる。
新しい人生。
受け入れる準備はとっくにできている。
何故なら俺達は自分の意思で玩具になったから。
過去の自分はもう捨てたのだ。
__________
「これください。」
コンビニ店員は目を丸くする。
「………………良いんですか?」
「大丈夫です。」
年齢確認と支払いを済ませ商品を手に取る。
「……ありがとうございました。」
様子を伺いながらお決まりの挨拶をする店員。
俺は背中を向け、もう会うこともないだろう彼に心の中で冷たく手を振った。
時は20XX年。
自殺願望者が絶えない日本で、とあるカルト集団が変な商品を販売した。
「玩具になれる注射器」
それを打つと三時間で意識を失い、目が覚めた時には誰かの為の小さな玩具となり、新しい人生がスタートするのだと言う。
不気味なカルト集団の言葉に不信感を抱き、最初はみんな嫌がっていたが、自殺願望者が多いこの国では使用率がどんどん高くなっていった。
意識を失うだけと言っても新しい人生がどこかでスタートしている筈なので、使用者は二度と起きて来ず、ほぼ死んだも同然でただの安楽死と同様の扱いだった。
噂では人口が増えすぎた世の中で、ただ安楽死の方法を手に入りやすくしただけではないのか。という噂があった。
そしてついに、とあるニュースが流れる。
その内容は「自分の子供に買った玩具が、死んだ旦那に似ている」というものだった。
男の顔と玩具が並べられた写真があったが、本当に瓜二つ。
デマを疑うほどに。
そしてそれを信じた人間が次々と注射器を買い、一時期は入手困難にまで陥った。
それでも元々の商品の在庫が少ないだけで、世界中の人口はそんなに変わらなかった。
不思議なもので、その注射は自分以外の人間に使うとただのビタミン剤にという性質上、悪用もされなかった。
俺はその注射器を手に取った。
深い理由は無い。
虐待やいじめなんてされたことないし、ちゃんと仕事をしている立派な会社員だ。
彼女は居ないがプライベートは好きな事をやって充実している。
だが歳を取るのが早かった。
親も若くして亡くなり介護など必要ない、結婚しないので子供も作らない。
会社なんていくらでも替えがきく何の変哲もない仕事だ。
生産性のない自分に生きる理由を見出す方が難しいだろう。
趣味も死ぬまでのただの暇つぶしと化し、この先平均寿命で考えてもあと30年以上も退屈と付き合わねばならないのかと思うと、それがとても長く感じた。
だから、注射器を買った。
どこにでも手に入るようになったそれは、子供でも手の届くような所に普通の顔をして並んでいた。
さも当たり前のように日常のすぐ側で死が並んでいるのだと思うと、少し安心する。
砂漠のような人生で、いつでも死ねるのだと。
俺は苦しみながら枯れたくない。
生に固執してもがく為の理由なんてない。
潤いのない退屈と心中なんてしたくない。
楽に散る人生ならばそれが一番幸せだ。
俺は迷わず腕に細い針を刺した。
________
「工場長大変です!緊急事態です!!知らない女が工場を荒らしています!!!」
輝かしく新しい人生がスタートしようとしている時、工場内の警報灯が赤く光った。
バタバタと色とりどりのピエロ達が走り回り始める。
「あら!ちょっとまっててね!」
軽やかにウインクをしながら工場長が様子を見に行く。
取り残された玩具達はもちろん身動きが取れないので、ポツンとただそこに存在しているだけの物質になる。
早く煌めく世界に解き放たれたかったのに。
俺は肩を少し下げてため息をついた。
「新しい人生なんてダメーーー!!!」
しばらくすると大きな音と共に女の子が入ってきた。
ハートのステッキと小さな羽がついた靴。
くるくると巻いた髪にふりふりのワンピース。
まるで魔法少女のような女の子だ。
「みんな!!自分の人生を諦めちゃダメよ!あなた達はまだ間に合うわ!」
ひらりと回りながらピエロたちをポコンとステッキで殴っていく女の子。
まるでピエロが悪役のように見える。
諦めるな。
今更そんなこと言われても困る。
自分で決めた未来を知らない人に否定されたくはない。
人助けをしているつもりかもしれないが、俺からすればただの迷惑だ。
この思考回路も体も記憶も早く終わらせて欲しい。
「もー!そんな目をしちゃダメ!もっとキラキラ輝かないと!君たちの未来は明るいんだから!」
そう言ってステッキを振り回す。
するとステッキから吐き気がするほど虹色の光が溢れ出す。
ついに視界が虹で包まれて黒くなった。
強制的に意識を落とされたようだ。
なんて自分勝手なんだ。
世間にとっては正義のヒーローかもしれないが、俺にとっては悪魔のようだ。
どこからともなく現れては俺を地獄へ叩き落としていった。
他人の未来なんて保証しないくせに。
言いたいことだけ言って消えるくせに。
注射器を買った時のコンビニの店員に同じことを言われていたら俺は立ち止まったかもしれない。
でも、彼はそんなこと言わなかった。
みんな他人の死なんてどうでもいいんだよ。
他人の痛みなんて分かるはずがない。
先に逝かれて泣くのは相手の死が辛いんじゃない。
残された自分が可哀想だから泣くんだよ。
そして独り身の俺が死んだって世界は何も変わらない。
興味すら示さない。
そんな世界に嫌気がさしたのに、また戻されてしまうようだ。
本当に俺はついていない。
遠くで工場長の泣き声が聞こえる。
ごめんな。せっかく可愛くしてくれたのに。
________
酷い頭痛と共に目が覚める。
真夏なのにエアコンが付いていない部屋に目眩がする。
未遂だったとしても脱水で死にそうな空間だ。
暗い自分の部屋と床に転がった注射器。
そうか。現実に戻されたんだ。
平日なら会社に行く時間。
随分と長く意識が無かったようだ。
ぼやけたままの視界にカーテンの光が差し込む。
相変わらず眩しい。
「速報です。"玩具になれる注射器"が販売中止になりました。現在の店舗在庫分の完売と共に生産を終了するとのことです。都内のコンビニでは既に売り切れの文字が並び、入手困難の状態となっています。お買い求めの際はお早めに_」
付けたままのテレビが速報を伝える。
そうか。まぁ合法だったのがおかしいくらいの物だ。
今更、驚きはしない。
だが気分は優れなかった。
俺は玩具になることさえ許されなかった。
まだ社会への視野が広がったばかりの幼き無垢な少女の無責任な前向きな言葉で、さぁこれから素敵な未来にするぞと思える訳もなく、暗い現実だけがずっとそばにいるよと肩を叩く。
しばらく自分の現実を見つめていた。
そして身なりを整えて再度迷わず注射器を腕に刺した。
もういいんだ。
一度諦めた命が帰ってきても嬉しくない。
この注射器がただの現実逃避をする為の道具だったとしても、再びあの暗い世界を見ようとは思わない。
ぐらっと世界が一転。
身体の脈が大きくなって甘い空気を吸う。
全身が軽くなって飛べそうだ。
ぐらぐらと目の前のテレビが大きくなったり小さくなったり。
キラキラした光も見える。
何も聞こえなくなって世界から切り離される。
素敵だ!
綺麗だ!!
嬉しい!!!!
今から、またあの、夢を、見られる
嘘でも虚無でも何でも良い!
もうげんじつをみなくてすむ!
さよ なら、さ よな ら、
俺は
玩具に
なる ん
だ
そして俺はまたあの眩しい虹色を見た。
おもちゃ箱 蓮司 @lactic_acid_bacteria
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